朝は知恩院でラジオ体操!(の気分):by行者橋 渡

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zoom RSS おぉ!こんな所に剣鉾が…@菅大臣神社&市比賣神社。

<<   作成日時 : 2017/05/14 18:00   >>

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はい、またしても行者橋の好きな剣鉾です(笑)。剣鉾をUPすると、なかなかアクセス数が伸びないのですが…、まぁ、それを競っている訳では無いので(笑)。まずは、菅大臣(かんだいじん)神社の錺(かざり:飾)が松の剣鉾。
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菅大臣神社(菅大臣天満宮とも)の正式名は菅大臣社(かんだいじん の やしろ)だとか。5月13日に春季例祭宵宮祭の山伏お練と大護摩供養の撮影に行ったのですが、その時、2基の剣鉾が幣殿(へいでん)に。
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こちらの剣鉾は錺が菊です。2基とも菅原道真由来の梅紋も付いています。こちらが本殿。随身(ずいじん)も見えますが、手前が舞台状になっており、剣鉾は次の画像右に置かれています。
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左側には花飾りを付けた神輿と鳳輦(ほうれん)形の神輿、そして幢(どう:旗上の飾り)が見えました。
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で、再び剣鉾ですが、菊がデザインされた方は堀之内町(ほりのうちちょう)が護持してきて、額には1879(明治12)年の年記があるそうです。
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しかも、この菊の剣鉾には次の画像の胴掛(どうがけ:懸装品です)が残されていて、明治期には枠に舁き棒(かきぼう)をつけて、胴掛を飾った形で舁いて巡行したそうです。
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で、錺が松の剣鉾は、現在は神社が管理していますが、かつて本柳水町(ほんりゅうすいちょう)が護持していたとのこと。何と、額には1793(寛政5)年の年記があるそうです。
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思わぬ形で剣鉾を観ることができて、大満足。その後、春季例大祭が行われたはずの市比賣神社にお水をもらうためにGO!…と、そこにも剣鉾が。
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実は、弓の神事等は何回かUPしてきたのでパスしたのです。上の画像は、宮司さんをはじめとする皆様が直会(なおらい)をされている途中にお願いして撮影させていただいたのです(笑)。剣鉾は龍菊鉾との説明が。
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微妙に左右で異なるフォルムの龍が見えます。そして、剣鉾の左右の吹散(ふきちり:比礼・ひれ、とも)は緞子御吹散(どんすおんふきちり)とありました。左右同じなので右側の画像を。
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この吹散の前には、花山院(かざんいんけ)から贈られたと伝わる、吹散収納用の箱があり(3枚上の画像参照)、花山院家の杜若菱(かきつばたびし)紋がありました。花山院さん(奥様も)は諸行事にお見えになります。
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現在、剣鉾は神社が保管していますが、剣鉾の箱書には1831(天保2)年の年記と護持してきたと思われる平居町(ひらいちょう)と京極町の年寄・五人組の連署があるそうです。
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現在は神幸祭で神輿が出ないので剣鉾差しも無いそうですが、棹も残っているとのことなので、1度、差している様子を見たいものです。これまで、何度も市比賣神社の春季例大祭に来ていながら、巫女さんの舞踊等に目を奪われ剣鉾を意識してきませんでした(笑)。

最後に:市比賣神社の飛騨宮司さんと息子さん(若先生)はいつも丁寧に対応して下さいます。若先生には色々とお話を伺い、宮司さんには缶BEERを勧めていただきました。自転車なのでご遠慮しましたが、本当に有難うございました。感謝申し上げます。

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