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zoom RSS 前祭山鉾巡行・御池通・河原町篇:祇園祭・2017年7月17日。

<<   作成日時 : 2017/07/24 18:00   >>

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今日・24日は祇園祭も後祭山鉾巡行の日ですが、「次は、御池通・河原町通篇です」と書いたまま、延び延びになってしまっていた前祭(さきまつり)山鉾巡行の様子を遅ればせながら。 と言いながら、最初の画像は舞妓さんです。チョッと変な角度のお姿ですが…。
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四条室町篇では、鶏鉾・菊水鉾等の辻回しをメインにUPしてきましたが、なるべくそちらの画像と重複を避けていきたいと思います。で、次は長刀鉾のお稚児さんメインの画像です。
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実は、御池新町角で長刀鉾のお稚児さんが鉾から降りる場面を待とうと思っていたのですが、妙に進行が遅い感じだったので、御池通を東に移動したのです。次はもう少し全体を。
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そして、“山一番”の占出山。神功皇后が“三韓征伐”の際、肥前・松浦で戦勝を祈願して釣りをした時に鮎が釣れたという神話に由来する山です。
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この占出山の巡行順が早いとお産が軽くなるという噂も…(笑)。次の画像の茶色いアーチが袋に入った釣り竿。神功皇后の左手には大きな鮎が見えます。
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ちなみに、他の山の松はほとんど赤松だそうですが、占出山は黒松だそうです。続いては、雪(まぁ、実際は綿ですが…)を被った孟宗山(もうそうやま)。
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病気の老母のために、孟宗が母の好物である筍を求めて雪中の竹林に入り筍を探したら見つけて、母の病気が治ったという説話(二十四孝)に基づいた山です。
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孟宗の笠に掛かる雪といい右手の筍といい、行者橋の好きな山ですが、親孝行にしてもチョッと無理筋…と疑問は残ります(笑)。続いては霰天神山(あられてんじんやま)。
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16世紀初めの永正年間に火災があった時、突如、霰が降ってきて鎮火し同時に4cmくらいの天神様が降ってきたという伝承がある山で、火除けの天神とも称されます。次は函谷鉾(かんこぼこ・かんこくほこ)。
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函谷鉾の画像は、四条室町篇で全体像をUPしたのですが、出発前なので稚児人形の前に幕が掛かっているのです。上の稚児人形の名は嘉多丸(かたまる)。続けて5枚、四条室町篇でもUPした山を。
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上の画像は伯牙山(はくがやま)。琴も弦を断ち切る斧もくっきり見えます。次は山伏山。
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そして、真杉(しんすぎ)が倒れて復活に懸命だった太子山も、真杉を直立させて無事進行中。
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次は、御池通から河原町通に回り込んだ時に棒振りを披露してくれた綾傘鉾の棒振りさんたち。いや、好きなんです(笑)。
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同じく、翅を広げる動作を繰り返してくれた蟷螂山(とうろうやま)。やっぱり、これがなくちゃね。
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河原町通の姉小路通(あねやこうじとおり)がぶつかった場所には舞妓さんが巡行の山鉾をお待ちしているのですが、こんな感じです。
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上の画像のように、各山鉾から粽(ちまき)を受け取り、お酒をお渡しするという儀式を行いのですが、曳き方さんの目も舞妓さんに釘付け!
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三条通は休憩所のような形になっていて、係の方がお茶を各山鉾に配ったりします。こちらは保昌山(ほうしょうやま)。
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和泉式部の夫・藤原(平井)保昌(やすまさ)が、紫宸殿の梅を折ってきてと和泉式部に求められ、警護の北面武士に弓を射掛けられるものの、何とか一枝を確保して愛を射止めたという逸話に由来する山です。
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「ひと枝というには多くないか、保昌さん!」とツッコミを入れつつ楽しみました。ということで、前祭山鉾巡行に関しては終了。抜けた山がありそうで心配(笑)。

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