大徳寺大仙院の枯山水が作られたのは、本当に室町中期なのだろうか?

少しブログをチェックしていたら、このところ、京都の名所の様子をお伝えしていなかったったなぁと気付いたので、今回は珍しくオーソドックスにお寺をご紹介。で、大徳寺大仙院です。今更、とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、たまには…。まずは教科書にも登場する枯山水のお庭の画像から。
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大徳寺は自ら「五山」を脱して室町幕府の保護からは一線を画し、「林下:りんか」と称される在野の禅寺として独自の勢力を保ってきたお寺です。多くの塔頭(たっちゅう)がありますが、常時公開されている所はそう多くありません。下の画像の通り、拝観入り口までのアプローチはなかなか風情があります。銀閣寺にはかなわないけど(笑)。
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大仙院はそうした少数派の1つで、最初にUPした枯山水が有名ですし、方丈(本堂)は1509(永正6)年に古嶽宗亘(こがく そうこう)が開創した頃に造営された(上棟は1513=永正10年)ので、大徳寺山内で最古の建物です。
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上の画像の画面左が方丈ですが、右の玄関も国宝です。ですが、一般の拝観はこちらから入ります。何の木かだった忘れましたが、少し紅葉していました。
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次の画像は方丈の南に面した庭で砂で大海を表しているとされます。立て砂を見ると、上賀茂神社を連想してしまいます(笑)。
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東京国立博物館には“起こし絵図:石や木が立体的に立ち上がるようになっている図面”が残っていて、作庭当時の姿が変化なくほぼ現在まで残っていると考えられるそうですが、書院の北東にL字型に枯山水のお庭=最初の画像をもう1度お示しします。
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中央奥の2つの大きな石は山を表しているのですが、その右に滝があり、手前方向と左方向に水が流れるという展開です。自然石を利用した石橋も見えており、分かりやすいお庭です。次の画像は上の画像の左手に拡がるお庭の続きです。
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さらにお庭が続いて次第に大海につながって行く感じです。建物をはさんで方丈南庭と向かい合う形になっています。
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大仙院のパンフレットには室町中期の作庭と説明があります。しかし、この明快で分かりやすく説明的なお庭を見ていると、作られたのは桃山期まで下がるのではないかという説(進士五十八著・『日本の庭園 造景の技とこころ』:中公新書)の方に説得力があるかのなぁ等と思ってしまいます。禅のこころとしてはもう少し象徴な部分があるように思いますが…。まぁ、素人の感想ですから(笑)。


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