国宝・東福寺三門に登る。

1月26日の「干支~龍めぐりウォーク~」の後篇・東福寺三門です。三門の2階の梁(はり)に色彩鮮やかな小さな龍の絵はあるのですが、写真撮影が制限されておりましたので、UPできません。ということで、最初の画像は本堂(法堂:はっとう兼仏殿)の天井の龍から。
画像


これが本堂の全容です。大正期に焼けて、現在の本堂は1934(昭和))年に建立されたもので、昭和期の木造建築としては最大とか。天井の龍の絵は堂本印象の手になるものとか。
画像
上の画像・画面左の大木はイブキ(伊吹)は1665(寛文5)年に本堂が再建された時に植えられた可能性が高いとのことで、本当に巨木です。こちらが国宝の三門です。三門は足利第4代将軍・義持の時に再建されたのですが、禅宗様・大仏様・和様という3種類の建築様式が採用されている珍しい建物です。
画像
屋根のすぐ下の木の組み方等がダイナミックですし、1階の柱の上部に柱を貫く横木(貫:ぬき)が見えますが、これが大仏様の特色ですね。東大寺南大門を思い出していただくと良く分かると思います。内部には宝冠釈迦如来像や羅漢像があるのですが、撮影禁止なので、ポスターの画像をUPしておきます。
画像
上の画像では分かりにくいと思いますが、内部には水墨画家として名高い明兆(みんちょう)の色彩鮮やかな絵がかなりきちんと残っています。三門と本堂を眺めるとこんな感じになります。
画像
三門の4隅にある柱は“太閤柱”と呼ばれていますが、1586(天正14)年の天正大地震の後、豊臣秀吉の命令で取り付けられた支えの柱です。2階の中央には足利義持の筆になる妙雲閣という額がかかっています。正確に言うと、妙は「玄+少」ですが。三門の説明をされた方は(三門全体とすれば知恩院の三門が最大なので、チョッと残念そうでしたが:笑)、“禅宗寺院の三門としては最大・最古の建物”という点を強調しておられました。2階から見た本堂と禅堂ですが、京都タワーも遠望できます。
画像
下に降りて柱を撮影したのですが、建築する際に便利なように大きな穴が開けられています。
画像
最後の画像は、三門の南側にある「六波羅門」からの光景です。鎌倉時代、幕府が朝廷を監視するために設けた六波羅探題(ろくはらたんだい)にあった門を移したので、この名が付いています。
画像
六波羅探題は東福寺から2km程北にある六波羅蜜寺そばの旧・京都市立六原小学校(現・京都市立開睛小中学校)がその跡地と考えられています。行者橋、余りかえりみられないものの、歴史を感じさせてくれるこの門が好きです。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント