朝は知恩院でラジオ体操!(の気分):by行者橋 渡

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zoom RSS 二十五菩薩練供養@百万遍知恩寺。

<<   作成日時 : 2013/04/29 13:11   >>

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知恩院ではありません。京都の人に「知恩寺ってどこですか」と聞いても「知恩院と違うの?…分からへんなぁ」と返って来る可能性がありますが、「ひゃくまんべんさんってどこですか」と聞くと、「今出川通東大路東入ルのお寺」という正解が返ってきます。今回はその百万遍の“二十五菩薩練供養”の話題です。
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二十五菩薩というのは臨終の際に阿弥陀如来ともに極楽浄土から迎えに来て(来迎:らいごう)下さる仏様のTEAMです。この行事は、以前に泉涌寺の塔頭・即成院の様子をUPしたはずなのですが、見当たらないので(笑)今回ご紹介です。こちらが正式名・長徳山功徳院知恩寺の正面。
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法然亡き後、弟子の源智が御影堂を建てて念仏の道場としたのが知恩寺の始まりですが、現在地に移ったのは徳川将軍第4代・家綱の時代。次の画像の正面が御影堂、左が阿弥陀堂。毎月15日の手づくり市には何度も来ていますが、改めて見渡すと広い境内です。
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法然の命日は1月25日なのですが、寒い時期なので、知恩寺では御忌大会(ぎょきだいえ)と呼ばれる法要を4月22日から25日に行っています。そして、3年に1度、“二十五菩薩練供養”が行われます。今年は25日でした。阿弥陀堂から御影堂へお練りがあるのですが、阿弥陀堂では菩薩様が準備中。
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10時30分になると、お坊さんの一行が御影堂の奥から登場。帽子の種類で地位や役割を示しているようなのですが、詳細は不明です。
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お坊さんTEAMの後から、二十五菩薩が阿弥陀堂から登場。お面をかぶっているので、付き添いの手を持ってソロソロと…。
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これが大きく撮った画像です。お面の目は開いているのですが、細くて下向きについているので、ほとんど前が見えない状態です。
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今回の“二十五菩薩練供養”の菩薩様は法然の故郷・岡山県の誕生寺の皆様で、いわば出開帳(でがいちょう)です。次は再び、お練りの画像なのですが、先頭の菩薩様だけ光背が違っていました。
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菩薩様の持ち物はそれぞれに違うのですが、先頭の菩薩様は宝珠でしたので、無辺身菩薩ことお地蔵様だと思います。阿弥陀堂の中では人々(衆生:しゅじょう、といいますね)が法要のために二十五菩薩を待ちうけています。
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柱の上に掛かっているのは“百萬遍大念珠繰り法要”のための長大なお数珠です。菩薩TEAMが次々と阿弥陀堂に入りますが、大きなお数珠が光背に当たらないようにお坊さんが差し上げます。
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関係者が揃ったところで法要開始です。行者橋は所用があって最後まで居られなかったのですが、法要後は皆さんが「南無阿弥陀仏」を唱えながらお数珠を繰る“大念珠繰り”が行われたはずです(笑)。
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菩薩様は、法要の途中で役割終了で阿弥陀堂裏手から控室の方に移動です。光背も外して、やれやれ…です。
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鎌倉末期に疫病が広がった時、後醍醐天皇の命令で“七日念仏百万遍”(南無阿弥陀仏と100万回唱える儀式)を行ったところ、疫病が治まったので「百万遍」の号を天皇から下賜されたのが、通称の由来です。
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上の画像は、お練りの際にお坊さんが撒かれた“後醍醐天皇勅賜利劔名号謹写”の“散華”ですが、8枚GETしましたので、ご希望の方には先着順でお譲りします。(OPENにはしませんので、コメント欄を通じてご住所・お名前を入れてお申し出下さい)

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コメント(2件)

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娘は紫選びました。(笑)ありがとうございます。
はた
2013/05/20 22:38
はた様、コメント有難うございます。散華のご利益が体育祭で役に立つと良いのですが(笑)。
行者橋 渡
2013/05/22 08:55

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