同志社大学クラーク記念館(旧・神学館):京都の近代建築№13。

同志社大学に烏丸通に面した西門から入ると、正面に非常に特徴のある尖塔(望楼)のある建物が目に入ってきます。かつてのクラーク神学館で、1963(昭和38)年の新・神学館完成を機にクラーク記念館と改称された建物ですが、これがその尖塔です。
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こちらが今年2月に西門を入った所から撮影した画像ですが、あちこちで工事をしていたため、ヘルメット姿の方が多数いらっしゃいました。
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新島襄死亡の1年後、1891(明治24)年にアメリカ・ニューヨーク州ブルックリン市(後のニューヨーク市ブルックリン区)の大地主で資産家のバイロン.W.クラークと妻ヘレン・S.クラークから、神学館の建築費として10000ドルもの寄付があり、それを基に建てられたのがこの建物です。翌年、定礎がなされ1894年(明治27)年に開館。
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元々、夫妻の息子・バイロン(父と同名)が23歳で急死したのをうけて、ヘレン夫人が中心となって寄付をしたとか。上の画像は西側から玄関を含む正面を撮ったものですが、その画面・右手前の角に定礎があります。
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この建物を設計したのは、ドイツ人リヒャルト・ゼールという人で、建築様式もドイツ・ネオ・ゴシック様式というようです。施工は京都の大工・小嶋佐兵衛が担当したとのこと。こちらが玄関です。
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この建物の建築費用は寄付額を超過したそうですが、ヘレン夫人は1500ドルの追加寄付をしたとのこと。玄関奥には“神学館”のプレートが掛かっています。裏には「Byron Stone-Clarke Memorial Hall」と息子の名を冠した文字があるそうです。
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1階には、息子を記念した“THE STUDY OF THE WORD OF GOD WAS DEAR TO HIM”(聖書を学ぶことは彼が愛好してやまないものであった)と刻まれているそうですが、それは写し損ねました。次の画像は南側から壁面を撮ったものです。
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素人の感想を述べると、建物の角の白石は過剰な気がするのですが、窓の周りの白石が軽やかで美しく、独特のリズムを生みだしているように思います。

2003(平成15)年1月から2007(平成19)年12月に、実に10億2000万円弱の費用をかけて半解体修理を行って、現在に至っています。クラーク夫妻の寄付総額11500ドルも見当がつかないのですが、凄い額になるんでしょうね。現在はここで結婚式も可能とか。

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