これはどう見ても「任天堂」の建物、なのですが…。:京都の近代建築№16。

先日、京都駅に向かって堀川通から鴨川の正面通の橋を渡ってチャリチャリしていたら、チョッとレトロな建物が。「京都の近代建築」シリーズで取り上げることができるかもしれないなぁと思いながら、自転車に乗ったまま、最初に撮ったのが下の画像です。
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で、次はもう少し詳しく何枚か撮影しようと自転車を降りて正面から撮った画像。行者橋の感覚ですが、大正か昭和の初めの建築物の気配。
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道路に沿った塀の模様と“丸に福”の文字が目につきます。
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そういえば、入口のガラスドアにも“丸に福”が。“足袋の福助”の建物かなぁ等と疑問は増幅(笑)。
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と思って近づいたら、入口の両脇の大きな柱にブロンズらしいプレートがあって、“山内任天堂”の文字が…。確か、イチローが入団した時のシアトル・マリナーズのオーナーは山内溥(やまうち ひろし)・任天堂社長だったはず。
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現在、「Nintendo」といえば“Wiiやゲームソフト等の会社”でしょうが、行者橋にとって「任天堂」といえば“花札とトランプの会社”の印象がまだ残っています。全体が右から読むようになっているのに、“トランプ”だけは左から書かれているのが不思議です(笑)。もう1つ、横文字のプレートも。
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が、それにしても「任天堂」の本社は東福寺のそばで、京阪電車から見える場所のはず。たまたま土曜日ということもあって、ドアが閉まっていたのですが、「任天堂」の倉庫か何かかなぁと疑問のまま、撮影続行。
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最初の画像からも分かるように、横から見ると、異常に長い敷地に3つの建物が連なっており、上の画像は道路から2番目・3番目の建物です。真ん中の建物はタイル貼りでバルコニーがつき、屋根の上に不思議な小屋形の造形が。
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後から調べて分かったのですが、「任天堂」の創業者・山内房治郎が花札の会社「山内房治郎商店」を1889(明治22)年に創業した後、2代目・山内積良が1933(昭和8)年に「合名会社山内任天堂」を設立した時に建てた建物のようです。前から3番目の建物の上部には“任天堂”の文字が。
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“丸に福”のマークは、山内積良が山内家の家紋に由来する販売子会社「株式会社丸福」を設立した時から使い始めたようです。窓ガラスの保護枠にも使われていました。千鳥模様もGOODです。
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で、通りかかったご近所の方に「ここは何か使っているんでしょうか」と質問したら、「分かりまへんわ」とのお答え。仕方なく、島津製作所創業記念資料館のように、メモリアルホールだと嬉しいのだけどと思いながら、「任天堂」に電話して聞いたのですが、「お答えできる情報はありません」という、“冷たい”とは言わないまでも“すげない”あるいは“つれない”、若干不親切で残念な回答でした。

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