京都府立医科大学・旧附属図書館:京都の近代建築№18。

京都には鴨川をはさんで東側(東大路通)に京都大学医学部附属病院が、西側(河原町通)に京都府立医科大学付属病院という2つの大きな大学病院があるのですが、今回は京都府立医科大学付属病院(以下、府立医大)の旧附属図書館のご紹介です。
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中央部分はいわゆるスクラッチタイル貼りで、両脇の少し引っこんだ所は石造り風の鉄筋コンクリート造りの建物です。次の画像で分かるように旧附属図書館の周囲は全て近代的な建物です。正門の門灯は確か昔の門灯を模したもののはず。
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1992(平成4)年に新しい附属図書館が河原町通をはさんだ場所に建てられたのですが、その際、この旧附属図書館は取り壊しが決定していたとか。が、OB他の強い要請で保存されることになったそうです。こちらが入口。
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この建物でとても目につくのは、すでにご理解いただけていると思いますが、尖頭アーチ状の造型と縦長の窓です。様式的にはゴシック様式とか。しつこく、もう1度、中央部分の正面からの画像を。
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さらに細かな所を見ていくと、こんな感じです。最初は1番上部の装飾を。何か、良い感じの尖頭アーチです。
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次はその下の窓ですが、このシャープな窓の尖頭アーチの中のガラスのデザインももGOODですが、バルコニーと窓の両脇の造形も素敵です。
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こうした感じのデザインは大正年間から昭和初期だよなぁと思っていたのですが、予想通り、1929(昭和4)年に建てられたとのこと。設計は京都市営繕課らしいのですが、施行は不明とか。次の画像は窓の下の部分のデザインとスクラッチタイルですが、微妙にバルコニーの部分のデザインと共通する点があります。
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次は石造り風の部分を裏側から撮影した画像。ちゃんと表側と同じ尖頭アーチの窓があります。この建物は地上3階・地下1階ですが、中は食堂や生協があったり、学生クラブ室があったりするのですが、地下1階には体育室があるようで、卓球をやってらっしゃいました(笑)。
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府立医大の前身は、1872(明治5)年にお寺・花街・町衆から資金を集めて設立し、京都府が運営した「療養院」という公立病院です。当初、木屋町通二条に仮病院ができて、すぐに東山の青蓮院境内に移り、さらに8年後に現在地の河原町通広小路上ル梶井町に移転してきたものです。
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上の画像左には“療養院碑”が。近代京都の再建を図った参事(後に知事)・槇村正直、顧問・山本覚馬(ご存知、新島八重の兄)、蘭方医・明石博高らの動きがベースにあり、岡崎願成寺住職・与謝野礼厳(鉄幹の父)、禅林寺(永観堂)前住職・東山天華、慈照寺(銀閣)住職・佐々間雲巌、鹿苑寺(金閣)住職・伊藤貫宗らが発起人となって、「療養院」が実現したとのこと。
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なお、木屋町通二条に近い御池大橋の西詰めと青蓮門院には“療養院址”の石碑があります。前者は真ん中で折れた跡があり、痛々しいのですが。

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