珍しい祭神の顔ぶれ、珍しい“薬まつり”@薬祖神祠。

烏丸通を挟んだ二条通には、かつて和漢薬をはじめとする50軒以上の薬屋さんが連なる、極めて特色のある地域だったそうです。現在では、10軒ほどに減ってしまっているのですが、往時を偲ばせる薬祖神祠(やくそじんし)という神社が両替町通の角にひっそりと残っています。11月7日はその“薬まつり”でした。まずは巫女さんの画像から。
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こちらが準備時点での薬祖神祠。右隣が神事会場の薬屋さんの組合の建物(二條薬業会館)。左隣が瑞星本家という漢方薬屋さんです。
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薬祖神祠前から、烏丸通を見ると、かつての二条通の賑いの名残が…。
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ポスターには、13時から17時とあったので、13時少し前にチャリチャリと行ったのですが、13日は虎とお守りのついた笹の販売開始時刻でした。こちらが販売開始時の様子。
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緋毛氈(ひもうせん)に座るお2人は、近くの薬関係の会社の社員さんらしく、同僚の方が写真を撮りに見え、笹を持ってニッコリ!
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関係の方に伺うと、神事は16時からということだったので、中を拝見させていただくことに。通りに面して石鳥居があるのですが、奥にまた石鳥居があってさらにその奥に社殿があります。
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こちらが二條薬業会館の中の様子。画像奥に神輿や獅子頭、古文書があり、右手前にはこの薬祖神祠の祭神が置かれています。
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これがその神々。大己貴命(おおなむちのみこと=大国主命:おおくにぬしのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の2柱は日本の医薬の神様なので当然!なのですが…。手前に2つの像が。
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右にあるのが、中国の医薬の神様・神農(しんのう)像。神農は多くの植物を嘗めて薬効や毒性の有無を確かめたそうで、余りにも多くの毒草を服用した結果、体に毒素が溜まって亡くなったと言われる伝説上の神様です。
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確かに草を噛みしめていますね。そして、こちらが左のヒポクラテス像。ご存知の通りギリシャの哲学者ですが、西洋医学の父とされています。
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薬まつり(薬祖神祭)は江戸後期に始まったそうですが、明治維新後に一時中断し、1880(明治13)年に復活したとのこと。当時、欧州から薬を輸入していたので、その時に西洋の神様も加えようとなったようです。行者橋、思うに“薬祖神社”ではなく“薬祖神祠”と呼ぶのは、そうした事情を反映しているのかも…(笑)。
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上の画像は16時から始まった神事の様子。行者橋、実は14時から近くで開かれた“琳派”に関する講演会に行ってお勉強をしていたので、無駄の無いちょうど良い展開でした(笑)。神事は型どおり進行し、玉串奉奠の前に巫女さんの舞が。
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この薬まつり、5・6年前までは屋台も出て賑やかだったそうですが、今はこじんまりと開催されています。それはともかく、扇の舞の次には剣の舞も。
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実は毎年のようにこの薬まつりの日に前を通りかかっていたのですが、タイミングが悪く画像がUPできませんでしたが、今回、時間的な流れが判明しましたので、また来年も来てみたいと思っています。

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この記事へのコメント

沙都
2014年11月20日 12:05
初めまして。
13時からだと思い、間違った人です。
薬まつりの記事をブログに載せるために検索してみれば…

詳しく調べられていますね。
他の行事を見たところ、今年、何カ所か同じ行事を撮ってますね。
参考になりました。ありがとうございます。
行者橋 渡
2014年11月23日 08:43
おぉ!沙都様、京都のみならず関西一円の行事を追っかけていらっしゃる大先達おん自ら、コメントをいただくなんて光栄です。また、どこかでお会いした時にはよろしくお願いします。