6月8日に黄檗山萬福寺を訪れると、“ほていまつり”が開催されており、拝観無料でした!

今回は「37期紫・Ri‐tanご夫妻旅日記③」にあたるのですが、既にかなり日にちも経ちましたし、内容的にお寺のことがメインになりますので、“京都の名所・寺院”に分類しました。ということで、黄檗山萬福寺(おうばくさん まんぷくじ)ですが、やはりこの開梆(かいぱん)の画像からですよね(笑)。
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食事や法要等の時間を知らせるために打ち鳴らされる、魚の形をした法器(仏事に使われる道具)ですね。黄檗山萬福寺は、江戸時代の1661(寛文元)年に中国僧・隠元隆琦(いんげんりゅうき)が開いたお寺ですので、境内のアチコチに中国の趣が感じられます。こちらは、牌楼(ぱいろう)式の総門。
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隠元禅師は本来、臨済宗のお坊さんですが、萬福寺では、江戸幕府の政策等によって黄檗宗に改宗したと伝えています。実に20数年ぶりに訪れたのですが、何だか以前と雰囲気が違うなぁ思いながら三門をくぐると、縁日風の光景が。奥が天王殿(てんのうでん)。
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こちらが天王殿。弥勒如来(布袋:ほてい)の他、四天王・韋駄天(いだてん)等が祀られているのですが、中国寺院では一般的に玄関として考えられているそうです。
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で、布袋は釈契此(しゃくかいし)という名の、唐時代末に実在したお坊さんとされていますが、その後、中国では弥勒如来の化身と考えられるようになり、その像が祀られるようになったそうです。
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日本では、七福神に加えられていますが、その持っている大きな袋は“堪忍袋”とも言われるとか。布袋=弥勒菩薩像の背後には、これまた大きな韋駄天像が。いやぁ、立派なお姿で、チョッと日本人離れした(笑)お顔立ちです。
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で、こちらが本堂あるいは仏殿にあたる大雄寶殿(だいおうほうでん)。本尊・釈迦如来座像の他、十八羅漢像を安置しています。
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日本風な入母屋造で、2階建てに見えますが、下の屋根のように見えるのは裳階(もこし)です。こちらが釈迦如来三尊像(脇侍は阿難と迦葉)。
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このあたりで、Ri‐tanご夫妻(仮名)と「そういえば、拝観料を払って無いねぇ」と気づいたのですが、「まぁ、どこかで注意されて、支払うことになるんでしょう」等と言いながら、十八羅漢像の拝観続行(笑)。
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気持の中で、少しビクビクしながら(笑)、最初の画像の開梆のある、斎堂(さいどう)へ。お坊さんの食事場所ですね。
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さらに、奥の法堂(はっとう)へ。次の画像では、チョッと分かり難いですが、石段の上の「卍くずし」の勾欄が中国風です。法堂は説法をする場所ですね。
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その後、アチコチを巡って、隠元禅師を祀る開山堂へ。隠元禅師は、隠元豆・西瓜・蓮根・孟宗竹・木魚等を日本にもたらしたといわれています。次の画像は、開山堂前の蓮を愛でるRi‐tanご夫妻。
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ただし、隠元豆ではでは無く、藤豆(莢全体がやや幅広い)だったという説もあります。実際、関西では一般的に関西では藤豆を隠元豆と呼び、隠元豆は藤豆、莢隠元は三度豆と呼ばれて売られています。で、最後は美しい蓮の花です。
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結局、拝観料は払わないまま萬福寺を後にしたのですが、その後の調べでは、毎月8日は“ほていまつり”が開催され、拝観無料だとか(2・8月は除く)。ビクビクしなくても良かったのですね(笑)。また、8日になったら行ってみようっと!

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