大船鉾の龍頭神事に瀧尾神社の剣鉾が…これは見逃せません。

7月19日、後祭の山鉾の鉾建てが進む中、夕刻から150年ぶりに大船鉾の先頭に龍頭を搭載する神事があり、剣鉾も出るとの情報が入り、チャリチャリ。まぁ、色々なことがあったのですが、こちらが龍頭。高さ約2m・重さ約220kgのヒノキ(檜)等の寄木造、米原市の彫刻師・森哲荘さんらの作とか。
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行者橋、15時45分過ぎに四条町(大船鉾の鉾町)に到着。が、大船鉾は幕を張る竹網もまだ整っていなくて、開始時刻が不明。延々と待ったあげく、ようやく神事が始まったのが、17時30分過ぎ。これが最初の様子。
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上の画像手前に剣鉾3基、その後ろに龍頭、大船鉾の後方の町会所で神事を行っています。四条町は新町通にあり、北が四条通、南が綾小路通というエリアです。役員さんを先頭にエリア内を3往復します。
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上の画像の前、最初に剣鉾・龍頭が四条通まで出て、引き返したのですが、まずは龍頭が四条新町の交差点まで出た場面。
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続いては、剣鉾を先頭に引き返す場面。3基の剣鉾が、夕日を浴びて輝きます。鉾差しさんは粟田神社の方もいらっしゃいました。
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問題は狭い新町通に大きな大船鉾がデンと構えていますので、剣鉾が細い通路を上手く通過できるかです。
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電線に触れそうな状態で、観客も関係者もハラハラしながら、見守ります。
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この剣鉾は、東福寺の北にある、舞殿に巨大な龍の彫刻があることで有名な瀧尾神社(こちらをご参照下さい)の剣鉾です。このように広い場所なら、少し楽。
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剣鉾3基を続けて。鉾の正確な名称が不明ですが、最初の鉾は龍鉾だと思います。
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瀧尾神社の剣鉾は、元々、神社に伝わってはいたようですが、比較的最近に復活したようです。こちらは牡丹の花かなぁ。
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3基目の鉾は松のように見えるのですが、やはり不明です。ご存知の方がいらっしゃれば、是非ご教示下さい。
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ということで、剣鉾に関しては終了(笑)。龍頭を担いでいる皆さんは、時々、差し上げて気勢を上げます。これが最後の差し上げ。
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元々、大船鉾では龍頭と御幣が交代で飾られていたようなのですが、幕末の蛤御門の変で大船鉾が焼失したため、金の御幣のみが残ったということです。18時30分少し前に、ようやく龍頭が大船鉾の船首に運ばれます。
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上の画像は、龍頭を据え付けている場面。実は、最初、行者橋が到着した時には船首に柱のような軸が出ているだけで、神事の前に胴体を両側から取り付けたものです。龍頭の後は、大きな爪の付いた右の手。
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龍頭復活は、大船鉾を復活させた関係者の悲願で、瀧尾神社の寄進等を受けながらこの日を迎えた訳です。7月初めから13日まで、龍頭は瀧尾神社で披露されていました。そして、左手も付け、長い髭を取り付けます。
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で、最初の画像になるのですが、こちらは角度を変えた画像。実に152年ぶりの龍頭です。今は白木ですが、この後、金箔が貼られるんでしょうね。
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ということで、これが最後の画像。18時40分を過ぎていました。はぁー、疲れた(笑)。
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いや、龍頭も剣鉾も見ることが出来て、行者橋は十分に満足したのですが、出来得ればもう少し段取り良くしてほしいなぁ…というのが正直な感想です(笑)。

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