再び、二条城二の丸御殿内部の様子を。

10月下旬に『いや、二条城で凄い画像を撮影してきました!:二条城二の丸大広間四の間「松鷹図」の前で。』のタイトルで、二条城の珍しい画像をUPしました(こちらをご参照下さい)が、その時にはUPが許されていなかった二条城二の丸御殿内の画像をお届けします。まずは大広間三の間から二の間を見た画像から。
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前回、大広間四の間だけはOPENにしてもOKと言われていたのですが、その他の画像も「豊臣×徳川 歴史の舞台をいま巡る 秋の特別企画」という特別公開が終わったらOKと、二条城の係の方から許可が出ていたのです。こちらがお馴染み、二の丸御殿の車寄。
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遠侍の三の間・ニの間・一の間は虎と豹の絵が描かれているので、“虎の間”と呼ばれますが、次はこちら。
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上の画像に火炎太鼓等が写っているのは、この日(10月19日)は“スポーツ・文化・ワールド・フォーラム”というEVENTが行われる予定だったからです。通常は閉じられている廊下の障子も開けられていました。
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この様子は、同じく以前に「この二の丸御殿と二の丸庭園の画像は二重の意味でレア物です! 」という記事(こちらをご参照下さい)で紹介した通り。お蔭で大広間も最初の画像のように明るく綺麗に撮影できた訳です。次の画像は、大政奉還が宣言された場所として知られる大広間一の間。
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こちらは、一の間の将軍御座所のいわゆる“二重折上格天井:にじゅうおりあげごうてんじょう”ですね。
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続いては、廊下の天井。こちらは明治期になってから装飾されたものなので、襖絵とは印象が異なります。
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そして、大広間から黒書院をつなぐ蘇鉄の間の様子。本来、次の画像の板戸は廊下を区切る形で使われていました。
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次は、黒書院の三の間(だったはず)。“浜松の間”と呼ばれているように、襖の上の壁にも浜辺が描かれています。
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そして、こちらが黒書院二の間から一の間を見たところ。二の間は“桜の間”と呼ばれていますが、少しだけ桜が写っています。
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次は上の画像の右に写っている“帳台の間”。大広間にもあり、同じように赤い房が下がっています。
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“帳台の間”は警備の武士が控える武者隠しの間と言われますが、本来は寝室です。続いては、黒書院の牡丹の間(だったはず)を廊下から見たところ。長押の上の壁の黒雲が若干無気味(笑)です。
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最後の3枚は、黒書院から引き返して、遠侍と大広間の間にある式台の間の老中の間。公式の場所というより内々の場所という印象の老中の間は、いつも薄暗く襖絵も見づらいのですが、この日はライトが当たってとても良く見えました。
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ここまでの襖絵等はレプリカなので、こうして撮影できましたが、遠侍の裏手に当たる勅使の間は古いままのようで、撮影はできませんでした。以上、特別サービスをしていただいた画像をお届けしました。

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