広隆寺釿始め:2017年1月2日。

新年早々の行事をUPし損なっておりますので、毎年1月2日に開催される太秦(うずまさ)・広隆寺の釿(ちょうな)始めを。まずは、番匠の長(ばんしょうのおさ)が木に釿を入れている画像から。
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今更言うまでもなく、広隆寺は聖徳太子ゆかりのお寺で、国宝・弥勒菩薩他の仏像や同じく国宝・桂宮院本堂等で知られるお寺です。嵐電(らんでん:京福電鉄嵐山線)の駅前にありますが、楼門の前に「釿始め」の看板が。
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行者橋が新潟のDr-K(仮名)ご一家と広隆寺の楼門をくぐったのが、10時を少し過ぎていたので、「もう、木の運搬が終わり、神事が始まったか」と焦ったのですが、木の運搬が始まる前でした。
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「おぉっ、間に合った!」と思って様子を見ていたら、どうも木を移動させ始めた時に掛けていた紅白の布が緩んだので結び直していたところでした。こちらが釿始めに使う道具類。
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ま、何はともあれ、木もきちんと所定の位置に配置されて儀式の開始です。ということで、見やすい場所を確保。まずは祝詞奏上です。
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その後、曲尺(かねじゃく)と墨指(すみさし)で材木の寸法を取る“墨矩(すみがね)の儀”とその寸法に従って墨壷の糸で直線を引く所作をする“墨打(すみうち)の儀”を行いますが、そのための道具を運びます。
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この釿始めは、道具を運ぶ&片付ける方と儀式の所作をする方が違い、その度ごとに丁寧に動かれますので、結構時間がかかります(笑)。次は“墨矩の儀”。分かりにくいですが、木の上に曲尺を立てている場面です。
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続いて、墨壺から糸をから糸を繰り出している場面。2人の間の赤い糸が見えるでしょうか。
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そして、“墨打の儀”。かなり大きな所作で墨を打ちます。行者橋、小さな頃、この墨打ちは実際に何度も見かけましたが、ホンの数センチ、糸を上げて弾くだけで、こんな派手な動作はしません(笑)。あくまでも儀式ですので…。
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そして、次に釿を運んで、木に釿を入れます(釿打の儀)。手斧とも書く釿は、独特の湾曲をした柄に、刃を柄と直角に取り付けた荒削り用の日本独特の道具と言われています。
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上の画像のように「はつる」所作を左右の端と中央で3回ずつ繰り返します。続いて、槍鉋(やりがんな)の登場です。槍鉋は室町時代に台鉋(だいがんな)が登場するまで主流の、表面を整える道具です。
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柄の先にカーブしたナイフのような刃が着いている道具ですが、こちらも表面を削って滑らかにする所作を繰り返します(清鉋の儀)。
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この広隆寺の釿始めでは、一連の儀式の終了後、番匠保存会の方々によって京木やり(祝い歌)が奉納される点に特色があります。
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京きやりは木を運ぶ時にも披露され、こちらは“ゆりもち”と呼ばれているようです。どなたが代表なのか不明なのですが、こちらの方が最後にご挨拶されました。
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そして、最後は参列者の皆様へのお餅配りです。
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勿論、行者橋も1ついただきました。Dr-Kご一家もお餅をいただき、ニッコリ!
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釿始めは、以前にも広隆寺のものと城南宮のものとをUPしたことがあるのですが、久し振りにご紹介してみました。

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この記事へのコメント

GBR
2017年01月31日 17:35
遅れてのコメントですみません。
去年、この行事を見たのですが、「保存会」の存在が大きいのが印象的だった記憶があります。広隆寺の行事だけど、保存会がサポートしているって感じなのでしょうか?それともこの行事をこの場所で借りて行われているのでしょうか?
行者橋 渡
2017年02月01日 19:39
GBR様、当日いただいたパンフレット等を参考にして考えると、番匠保存会の皆様が伝統的な行事を復活させるべく立ち上がり、番匠(大工)の神様とされる聖徳太子にゆかりの深い広隆寺に場所を使わせていただいているという印象でしたね。
GBR
2017年02月03日 07:14
京都でも、昔からの行事を保存するには、熱意を持った人たちの努力が必要なのですね。終わる直前?!に移動してしまったのでお餅をもらい損ねました(笑)。残念!