宮内庁さん、一休禅師墓所は拝観させてほしいなぁ!@酬恩庵(一休寺)。

37期紫・なすび:TEAM Fuku-chan(仮名)の記事が続きましたので別の話題を、ということで、一休寺の別名を持つ酬恩庵(しゅうおんあん)の紹介を。庫裏(くり)や方丈庭園を先にUPするのが本筋でしょうが、今回は本堂・開山堂・東司(とうす)・一休禅師墓所を。で、菊の紋章付きの門扉から一休禅師墓所の中を覗いた画像を。
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TVのアニメ等の影響で、一休さんと聞くと頓智で公方様(将軍)等の武士をやりこめる小坊主姿が脳裏に浮かびますが、60歳代の姿とされる次のような肖像画(頂相:ちんそう)が残っています。
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*画像はWikipediaから転載させていただいています。
一休さんは室町時代の臨済宗大徳寺派の僧・詩人で、正式には一休宗純(いっきゅうそうじゅん:1394=明徳5年~1481=文明13年)と呼ばれますが、実は後小松天皇の皇子とされています。次は本堂に向かう通路。
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本堂は永享年間(1429~40年)に、籤引きで将軍になった人物として有名な、室町第6代将軍・足利義教(よしのり)の寄進によって建立された檜皮葺の唐様(からよう=禅宗様とも)仏殿です。
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鎌倉・円覚寺舎利殿や東京・東村山市の正福寺地蔵堂が有名ですが、唐様建築は強い反りの屋根・放射状に垂木(たるき)を置く扇垂木・上部が複雑な曲線を持つ火灯窓(花頭窓)等の特徴があります。こちらは内部。
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普段は内部を撮影しませんし、撮影してもUPしないのですが(笑)、内部の組物(詰組:つめぐみ)や梁(はり)等、唐様の特徴をご覧いただくために敢えてUPしました。次は背部の戸。
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なかなか素敵なデザインです。唐様建築は、禅宗の教義・行事等を背景に厳密に北宋様式を移した様式とされていますが、もう1枚、チョッと反りを強調した本堂の画像を。
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で、こちらは大正時代に改築されたという開山堂。下の屋根(裳階:もこし、でしょうか)を支える柱の列と唐様(だと思いますが)の屋根が印象的な建物です。
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鎌倉時代、南浦紹明(大應国師)が中国で臨済禅を学び、帰朝後に禅の道場を建てて妙勝寺と名付けたのですが、その妙勝寺の跡地がこの近辺とか。続いては庫裏の前にある東司。トイレですが、重要文化財です。
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重要文化財の東司と言えば、百雪隠(ひゃくせっちん)の異名を持つ東福寺の巨大な東司が有名ですが、ここ一休寺にもあったんですね。次の画像奥右の個室で用を足したのでしょう。
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後醍醐天皇の倒幕運動の元弘の乱で戦火にかかって復興せずにいた妙勝寺の跡地に一休さんがお寺を建て、“師の恩に酬(むく)いる”という意味で「酬恩庵」と命名したのです。
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上の画像は一休禅師墓所の入口ですが、左手の立て札には宮内庁によって「後小松天皇皇子 宗純王墓」と記されています。そうでした!忘れていましたが、一休さんは皇子でした。
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従って、この一角は、天皇陵古墳と同様に宮内庁が管理しているので、中に立ち入れないのです。村田珠光作の枯山水様式の庭園を含め、法華堂の内部をじっくり見たかったなぁ!

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