京都・轉法輪寺の巨大な御室大仏に驚き、涅槃図の絵解きを伺う!

2月15日はお釈迦様が亡くなられた(入滅)日なので、京都のあちこちのお寺ではその時の様子を描いた涅槃図(ねはんず)が公開されるのですが、仁和寺の北東にある轉法輪寺(てんぽうりんじ)では、巨大な阿弥陀如来と涅槃図が特別公開されると耳にしたので、行って来ました。まずは“御室大仏”の画像から。
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仁和寺の東側には“きゅうり封じ”で知られる(五智山)蓮華寺があるのですが、轉法輪寺はその北側にあります。次の画像が鐘楼を兼ねた門(鐘楼門)。中央奥の三角形の屋根が本堂です。
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拝観入り口のお寺の方に伺うと公開は昨年からとか。また、内部の撮影はご自由に、ということだったので、バシバシ撮りまくることに(笑)。こちらが本堂内部。右に阿弥陀如来像、左に涅槃図(縦5.4m、幅3.9m)。
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実は14時からご住職の絵解きがありましたので、まずはそれを拝聴した後、撮影した次第です。涅槃図では、ご存知のようにお釈迦様は北枕で西向きで横になっていらっしゃいます。
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周辺には多くのお弟子さんの他、様々な神様・仏様が馳せ参じ、動物たちも集まります。涅槃図はどのお寺のものも巨大なのですが、前に人を配した画像で大きさを感じて下さい(笑)。
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右上には、お釈迦様の生母・摩耶夫人(まやぶにん)は忉利天(とうりてん)から、雲に乗って駆けつける様子が描かれています。以下、少しご紹介します。まずは、犀(さい)。
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硬い皮と角を持つ動物という情報をもとに想像して描いた結果、亀の甲羅と鹿の角を持つ造形になりました(笑)。続いては、こちらが迦陵頻伽(かりょうびんが)。
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極楽浄土に住む上半身が人で、下半身が鳥の想像上の生き物です。日本では、顔が菩薩形に描かれますね。そしてこちらは犬。これは洋犬のように思えるのですが…。
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この涅槃図は昨年、修復されて初公開されたのですが、元々は1764(宝暦14)年に奉納されたようですので、洋犬が描かれても不思議は無いと思います。次は阿修羅。
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続いては迦楼羅(かるら)。一般的には、鳥頭人身の2臂(ひ:腕ですね)と4臂の姿で表現され、翼を持ち顔も嘴(くちばし)状なのですが…。
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キリが無いので涅槃図の中身はこれくらいにして、次は江戸時代に奉納されたことを示す布と裏打ち用の着物(手前)。南無阿弥陀仏の文字が書かれています。修復の際に発見された品々です。
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江戸時代の人々の信仰心の篤さを示す物ですが、こちらは版画の涅槃図。習字用の半紙くらいの大きさです。涅槃図はお坊さんの絵解きとSETで拝見することが基本形ですが、家庭用でしょうか(笑)。
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轉法輪寺は1758(宝暦8)年に関通(かんつう)というお坊さんが北野天満宮の近くに開いたお寺で、1929(昭和4)年に現在地に移転してきたそうです。山号は獅子吼山(ししくさん)。で、こちらが関通上人像。
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仏像はいくつもありましたが、次は裸形阿弥陀像。日本には5体しか無いそうです。作者は賢問子(けんもんし)とありましたが、これは疑問(笑)。
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ということで、本尊の阿弥陀如来像を。大きさは2丈4尺と言いますから、約7.5m。京都で最も大きな仏像と言われています。北野から移転する時には、市電の高架電線を一時切断して通したのだとか。
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阿弥陀如来像の両脇にある色彩豊かな柱は“曼荼羅塔”と呼ぶそうです。木魚がいくつも置かれていましたが、左手前の木魚は径1mを越える巨大な物でした。近寄って、天蓋を。
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普段、轉法輪寺は申し込んでから拝観するのが基本なのですが、昨年から2月のこの時期に公開し、併せて兼岩和広住職の絵解きが伺えます。
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特別拝観料は400円ですが、上のように関通の文字入りのお煎餅とお茶がいただけて、とてもat homeな雰囲気に心な和みます。珍しい形の燈籠がありましたので、パチリ!
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最後にもう1度、巨大な木魚越しに阿弥陀如来像を。いや、本当に大きな木魚で、チョッと叩いてみたくなりました(笑)。
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ということで、これまで余り紹介されなかったお寺ですし、巨大な阿弥陀如来像と涅槃図ですので、画像を多めにUPしました(笑)。

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