追悼!“鉄人・衣笠祥雄”氏。

ついさっきのこと、「広島東洋カープで活躍された衣笠祥雄(きぬがさ さちお)氏が、4月23日、上行結腸癌のため亡くなられた」というNEWSに接し、衝撃を受けて呆然としている行者橋です。まだ71歳、残念です。最初の画像は、旧・広島市民球場跡地にある“衣笠祥雄 連続試合出場記録 石碑”の上部を。
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Wikipediaでは、「鉄人」の名を1965(昭和40)年入団時から1974(昭和49)年までの背番号28と横山光輝の漫画『鉄人28号』とを関連付けていますが、行者橋には確たる記憶が無く、連続フルイニング出場が話題になった1970年代後半のイメージかなと印象があります。なお、最終的な背番号は3で永久欠番です。
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行者橋、以前にもこのブログにUPしたことがありますが、1969(昭和44)年に広島大学に入り、4年間ずっと広島市民球場(当時)でアルバイトを続けました。その時期は、丁度、衣笠選手(当時は、幸雄名義だったはず)と山本浩二選手が新人として活躍し始めた頃でした。

衣笠選手は2215試合連続出場の日本記録を樹立し、現在もその記録は破られていませんが、行者橋がアルバイトをしていた頃は、広島東洋カープ自体が弱っちくて、記録等を意識すること無く活躍されていた感じでした。最初の画像の石碑の全体像を。
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いずれにしても、1975(昭和50)年の甲子園でのオールスターゲーム第1戦における山本選手・衣笠選手の2打席連続アベックホームランで“赤ヘル旋風”の印象を刻み付け、セントラルリーグ初優勝を導いた姿には、広島を離れていた行者橋も深い感度と感銘を覚えたものでした。

少し前に亡くなられた星野仙一氏も70歳でした。共にまだまだ、日本のプロ野球界で様々な活躍をしていただきたい方だったのに、悔しい思いです。数少ない機会でしたが、アルバイト時代にお話を交わしたこともあっただけに、とても悲しく残念です。本当に心からご冥福をお祈りいたします。

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