時代祭・女性篇③「平安時代婦人列」他:2018年10月22日。

時代祭・女性篇第3弾は、祇園甲部の芸妓さん・舞妓さんも登場される「平安時代婦人列」です。まぁ、まずは何と言っても、最初に騎馬姿で登場される木曽義仲の愛妾・“巴御前”を。
画像


巴御前は武将として奮戦し、最後まで義仲に連れ添い、義仲没後は尼になったと伝えられる女性です。次は口取りの学生さんたちも入れて。京都市立美術館が工事中なので、背景が殺風景なのですが…(笑)
画像
巴御前役は、祇園甲部の芸妓さんですが、お名前は割愛。長刀を持った騎馬姿が凛々しいので、しばしば「時代祭」のポスターに採用されますね。サービスショットを1枚(笑)。
画像
続いては“横笛”。建礼門院(平徳子=清盛の娘)の雑仕女で滝口の武士・斎藤時頼と恋に落ち、嵯峨へ出家した時頼を尋ねて行く姿です。
画像
そして、“常盤御前”。源義朝の側室で、今若(後の阿野全成)・乙若(後の義円)を連れ、牛若(後の源義経)を抱いて、平清盛のいる六波羅へ名乗り出る場面です。
画像
そして、時代が少し遡り、台車に乗って“清少納言”と”紫式部”が続きます。
画像
清少納言は清原元輔の娘で、一条天皇の中宮・定子に仕えた歌人として知られた才女で、『枕草子』の著者ですね。
画像
一方の紫式部の父は藤原為時。一条天皇の中宮・彰子に仕え、『源氏物語』の著者。清少納言への辛辣な批評が有名ですが、両者の面識は無かったと考えられています。
画像
次は“紀貫之の娘”。紀内侍(きのないし)とも。村上天皇が西の京のある家の梅の木を強引に内裏に移させた時、「勅なれば いともかしこし 鶯の 宿はと問はば いかが答へん」という歌で天皇を大いに反省させたという逸話で有名。
画像
続いては、絶世の美女として様々な伝説を持つ“小野小町”。深草少将の百夜通いの逸話の他、墓が全国各地にあることでも有名。
画像
次は平安初期の“和気広虫”と童女。和気清麻呂の姉で、彼の宇佐八幡宮神託事件は有名ですが、元々は広虫が命じられたものです。道鏡の怒りに触れて、弟共々、改名・流罪に処せられています。
画像
そして、“百済王明信”が続きます。「くだらのこにしき みょうしん」と読みます。「百済王」が名字に当たる氏族名。百済系帰化氏族を重用した桓武天皇の寵愛を受けた女官です。
画像
行列は、この後、延暦時代の武官・文官の列が続き、さらに神饌講社列・前列。神幸列(時代祭の祭神の行列)となるのですが、その後に“白川女献花列”・“弓箭組列”で終わります。
画像
白川女は比叡山の裾野、北白川の花を京で売り歩く女性です。という琴で、最後はこの画像で。
画像
以上、時代祭の女性シリーズは終了!

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

ナイス ナイス

この記事へのコメント