TEAM-Toccho、奈良に遊ぶ②興福寺中金堂、そして焼き鳥。

37期紫のToccho(仮名)とそのママ友のTEAMで、海龍王寺・法華寺・「正倉院展」でお勉強をして、葛きりを楽しんだ後、午後遅めに10月20日に一般公開されたばかりの興福寺中金堂(当初の本尊は藤原鎌足発願の釈迦三尊像)へ。まずは、中金堂を背景に記念撮影で並ぶTEAM-Tocchoの画像を。
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平城遷都直後に造営が始められた中金堂は、何度も焼失・再建を繰り返し、1717(享保2)年に火災で焼失した後、1世紀以上再建されず、1819(文政2)年にようやく従前の堂より一回り以上小さな仮堂が再建されました。
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上の画像のように多くの参拝客が再建・中金堂に押し掛ける中、堂内に安置されたのは、江戸時代に造られた釈迦如来坐像を:彩色し直した像です。国宝とか重要文化財では無いので、こうした化粧が出来るんですね。
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脇侍は、本来、廃絶した西金堂の脇侍だった、1202(建仁2)年に造立された高さ3.6mの巨大な木造薬王菩薩・薬上菩薩立像。また、昨年まで南円堂にあった鎌倉時代の作で国宝・木造四天王立像も堂内に。
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上の画像は、共に室町時代に建立された東金堂と五重塔。長い間、文政再建の仮堂・中金堂は悲しいくらいに老朽化が進んでいたのですが、再建され、本当に嬉しい限り(笑)。次は南大門跡から中金堂を撮影した画像。
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上にUPした本尊・釈迦如来坐像等も、1974(昭和49)年に建造された中金堂裏の講堂跡に仮金堂(薬師寺旧金堂を改造、外観を変えて移築した建物)に移されたりしていました(現在、仮金堂は仮講堂に)。次は三重塔。
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行者橋の好きな、この塔は余り注目されませんが、1143(康治2)年に崇徳天皇中宮・皇嘉門院の創建。1180(治承4)年に焼失したらしく、建築様式から 鎌倉時代前期(正確な建立年次は不明)の再建とされています。
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その後、TEAM-Tocchoは伏見の「鳥せい本店」で夕食。前回の上洛時にも訪れたのですが、強いリクエストで再訪(笑)。期間限定!搾り立ての日本酒をたっぷりいただいて、記念撮影。最後の画像は、興福寺に到着した時に見た、逆光の中の中金堂を。美しい!
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興福寺は、今後も“天平の文化空間”を再現するために、発掘調査や建物再建を目指しているそうです。色々とご意見はあるでしょうが、行者橋は薬師寺や興福寺のこうした事業はとても意義のあることだと思っています。

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