祇園甲部の豆まるさん・豆珠さん・豆沙弥さん@「かにかくに祭」。

“かにかくに 祇園はこひし 寝(ぬ)るときも 枕のしたを 水のながるる”と祇園をこよなく愛した歌人・吉井勇を偲ぶ「かにかくに祭」が11月8日、白川南通の歌碑・“かにかくに碑”の前で行われました。まずは、こちらの画像から。
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最初の画像左端はお茶屋のお母さん(だと思います)。その隣から大写しで。まずは芸妓さんの豆まるさん。「柴田」所属ですね。枝垂れ桜の影がお顔の上に…。申し訳ない。
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続いては、「イ:にんべん」所属の舞妓さんの豆珠(まめたま)さん。豆まるさんもそうですが、日差しが強いので眩(まぶ)しそうな表情になっています。
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そして右端も舞妓さんの豆沙弥(まめさや)さん。こちらは「柴田」所属。やはり眩しそう。
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例年、「かにかくに祭」では祇園甲部の芸妓さん・舞妓さんが歌碑に献花をします。以前は芸妓さん・舞妓さんを午前・午後の2回撮影することができたのですが、現在は11時からの午前のみ。
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この歌碑は1955(昭和30)年11月8日に、吉井勇の古希を祝って、友人の谷崎潤一郎らが建立したものです。吉井は1886(明治19年)10月8日 生まれですので、実際は1カ月遅れなのですが(笑)。
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まずは、上の画像のようにお茶屋のお母さん(と思いますが、所属が2店あるのでどちらかでしょう)から、白い菊を献じます。次は豆まるさんを続けて2枚。
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吉井勇のお祖父さんの吉井友実は、西郷隆盛・大久保利通・税所篤らとは幼馴染の薩摩藩出身で、尊王倒幕運動で活躍します。それはともかく、続いては豆珠さん。
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吉井友実の話を続けると、代理で西郷隆盛の諱(いみな)を届けなければならなかった時、本当は“隆永”(後に“武雄”)だったのに、西郷の父・吉兵衛の諱=“隆盛”を誤って届けた人物として有名(笑)。最後は豆沙弥さん。
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維新の功臣として伯爵になったお祖父さんを持つ吉井勇も伯爵でした(後に、妻・徳子の“不良家族事件”を機に返上。離婚も)。吉井は再婚後、京都に住むようになります。それはさておき、舞妓さん・芸妓さんの画像を。
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日差しが強いので、豆沙弥さんはじめ皆様のお顔に影が強く映ってしまっているのですが。続いては、豆珠さん。
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そして、最後は豆まるさん。
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以前は、“かにかくに碑”を背中にお立ちになって気がしますが、今年は干菓子を向いて立って下さったので、行者橋はバッチリ正面から撮影できました。最後はこちら。
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京都にいると、吉井勇というと“かにかくに”ですが、行者橋は“いのち短し 恋せよ乙女”で始まる「ゴンドラの唄」(作詞)野方が馴染みでしたね。

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