知恩院の大鐘を片手で支えてみる(笑)!

まいまい京都の“【知恩院】本山僧侶と特別拝観!非公開の大方丈、経蔵、大鐘楼へ - 狩野派絵画が荘厳する洛中随一の名書院、浄土宗総本山の大伽藍めぐり - ”というEVENTに参加して参りましたので、その一部のご報告を。まずは、大鐘を片手で支える(笑)行者橋の後姿から。
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ご注目いただきたいのは、約30cm(9寸5分)の厚さ。高さ約33m(1丈8寸)・直径約2.8m(9尺2寸)・重さ約70t(1万8千貫)という、1636(寛永13)年に鋳造された巨大な梵鐘です。次は三門。
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左右にチャンと染井吉野があったんですね(笑)。そして、半解体修理作業も3月末に終了し、覆屋・塀が取り除かれた御影堂(みえいどう:大殿とも・国宝)。
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訪れた日はお天気も良く、正面から見た新しい屋根瓦が綺麗に輝いていたのですが、実は裏側から見ると半分は以前からの瓦(次の画像左)を利用しています。
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続いては、12月27日の試し撞きの様子を何度かUPしている(こちらをご参照下さい)お目当ての大鐘がある大鐘楼。
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いや、この大鐘の下に入ることができるんですよ!興奮せずに居られようか(笑)…ほぼ先頭で柵の中に入り、後の方々が入っている間に素早く撞き棒を間近にパチリ!
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いやぁ、でかいこと!重そうですし。参加者の皆様は、大鐘を見上げながら説明役のお坊さん(確か)中川さんのお話を伺います。
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大鐘の表面をつぶさに見ていると、“于時寛永十三丙子九月十五日 洛陽東山知恩教院大谷寺住 檀蓮礼靈巌雄譽松風 鐘鋳奉行”の文字が(*:参照)。
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読み間違いがあるかもしれませんが、知恩院第32世雄譽靈巖(おうよれいがん)上人が呼びかけて信者さんの寄進で完成させたこの大鐘の成立事情が刻まれています。もう1つは“南無阿弥陀佛”。
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ということで、上の画像のように「今、地震が起きたら大変!」等と言いながら、皆様、恐る恐る大鐘の真下に(笑)。みんなが少しずつ触るので、微妙に揺れるんですよね。で、行者橋も真下に。
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上の画像は大鐘の中で、上を撮影したものですが、鋳造した時の鋳型を支える部分らしき様子が分かります。と、興奮して見学していると、何故か野生の子猿が…。
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実は少し前から母親らしき猿と共に現れ、様子を窺っていたようなのですが、子猿だけが急に侵入(笑)。母猿が興奮して攻撃しないよう注意しながら、お引き取り願いました(笑)。
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ということで、興奮さめやらぬまま大鐘楼を後にして、御影堂の美しい姿を眺めながら帰途につきました。来年4月に落慶法要があり、一般参拝はその後になりそうですが楽しみです。

注:知恩教院大谷寺は知恩院の正式名称。また、鋳造の来歴や鋳造者の功績を記した銘文が刻まれていないのは、靈巖上人が後の論難や災いを避けるための配慮をしたとされています。方広寺の梵鐘の例が脳裏に浮かんだのかもしれませんね。

なお、知恩院では三大梵鐘と称していましたが、これは方広寺(京都市)・東大寺(奈良市)を指すのでしょうね。近代・現代のものとしてはそれより大きいものがあるようです。

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この記事へのコメント

通りすがり
2019年04月10日 12:40
京都を騒がしている親子猿でしょうか。
写真の子猿は本当にかわいい。
被害が広がらないといいのですが。
行者橋 渡
2019年04月10日 13:30
通りすがり様、コメント有難うございます。お猿さんに確認した訳ではないので(笑)、絶対間違いないとは言い切れないのですが、TVで事故の報告があったのは、おそらくこの母子だと思います。たまたまですが、ブログで紹介した時は、かなりの人数がいましたので、母猿は遠巻きに見ていただけで近寄っては来ませんでした。子猿の方は、何人ものスカートを掴んだり腰辺りまでよじ登ろうとしたりしていましたが、皆様が冷静に対応されていたので、子猿が離れて難を逃れた印象でした。その直後、再び林の中から母子猿が現れた時は、警備の方がホイッスルを鳴らし、強い勢いで追っ払おうとしていらっしゃいました。

奈良公園の鹿や嵐山のモンキーパークいわたやま等、動物と身近に触れ合うことのできる場所がありますが、そうした施設の少ない外国の皆様が珍しがって、(特にお子様等が)餌を与える時に長い時間焦らせたりつい不用意に強く刺激したりして、怪我をされるようです。被害が奈良・京都共に外国の方が多いのはそんな背景があるのでは…と愚考しております。