若冲の鳥、応挙の鳥、蕪村の鳥…@嵯峨嵐山文華館「いろトリどり- 描かれた鳥たち」展(2階)。

嵯峨嵐山文華館「いろトリどり- 描かれた鳥たち」展、最後は2階の様子を。まずはこちら。中野大輔『ひかりあまねく』の部分図です。作者のご紹介は後程。
2019 .08.08.17鷹匠・嵯峨嵐山文華館 (30)中野大輔・ひかりあまねく.JPG


2階は近・現代作家の作品が展示されています。上がった時、最初に目に入るのがこちら。山内信一(やまのうち しんいち)『十二ヶ月花鳥図』。
2019 .08.08.17鷹匠・嵯峨嵐山文華館 (21)山内信一・十二ヶ月花鳥図.JPG
山内信一は1890(明治23)年、京都に生まれた日本画家。本名・信一郎。京都市立美術工芸学校(現・京都市立銅駝(どうだ)美術工芸高等学校及び京都市立芸術大学の前身)を卒業し、西山翠嶂(すいしょう)に師事。初め臥雲(がうん)と号する。次は屏風の続き。
2019 .08.08.17鷹匠・嵯峨嵐山文華館 (24)山内信一・十二ヶ月花鳥図.JPG
文展・帝展・日展等で入選し、1927(,昭和2)年には帝展審査員を務めていることは分かっているものの、没年が不明。次は小茂田青樹(おもだ せいじゅ)『椿と鶏』。
2019 .08.08.17鷹匠・嵯峨嵐山文華館 (10)・小茂田青樹・椿と鶏.JPG
ガラスに天井の蛍光灯が写っています。小茂田は大正から昭和初期の日本画家。本名は小島茂吉。叔父の養子となり小茂田姓に。速水御舟(はやみ ぎょしゅう)の終生のライバルだったとか。続いては川合玉堂『鵜飼図』。
2019 .08.08.17鷹匠・嵯峨嵐山文華館 (11)川合玉堂・鵜飼図.JPG
画像が小さいので分かり難いと思いますが、細かな部分まで緻密に描かれています。そして、先程の山内信一のお師匠さん、西山翠嶂『渚鴎:しょおう』。翠嶂は本名・卯三郎。明治から昭和にかけて活躍した日本画家です。
2019 .08.08.17鷹匠・嵯峨嵐山文華館 (14)西山翠峰・渚鴎.JPG
鴎(カモメ)とありますが、実は海猫(ウミネコ)が三日月の下の渚に3羽。まぁ、鴎の1種ですので(笑)。翠嶂は 竹内栖鳳(せいほう)の門下生で後に栖鳳の女婿となります。文化勲章受章者。次は五姓田芳柳(ごせだ ほうりゅう)『富士雲鶴図』。
2019 .08.08.17鷹匠・嵯峨嵐山文華館 (16)五姓田芳柳・富士雲鶴図.JPG
ハレーションがあって見難いですが、丹頂鶴7羽・鍋鶴2羽が描かれています。五姓田は江戸時代末期から明治初期にかけて活躍した洋画家・浮世絵師だそうですが、名字(姓)が5回変わったので 五姓田を名乗ったとか。明治天皇の御影も描いています。こちらは橋本関雪『霜葉晴鳩』。
2019 .08.08.17鷹匠・嵯峨嵐山文華館 (18)橋本関雪・霜葉晴鳩.JPG
関雪は明治から昭和にかけて活躍した日本画家。本名・貫一。竹内栖鳳の門下生。住まいの京都銀閣寺そばの白沙村荘は現在、美術館・庭園になっています。哲学の道の桜(染井吉野)は奥様が寄付したもの。次は2階の会場の様子。
2019 .08.08.17鷹匠・嵯峨嵐山文華館 (25).JPG
上の画像の奥右がこちら。中野大輔『花様今生』。向かって右が「静けしおぼろ」、左が「花昏れてなほ」と副題がついています。そして奥左が最初の画像の『ひかりあまねく』。
2019 .08.08.17鷹匠・嵯峨嵐山文華館 (32)中野大輔・ひかりあまねく.JPG
中野は1974(昭和49)年、京都生まれ。19歳の時から日本表現派展へ出品しているとか。京都と神戸で絵画教室も開いていらっしゃるとか。『花様今生・白銀抄』と名付けられた別の屏風は500万円の価格だったそうです。凄い!最後はポスター。
いろとりどり_チラシ画像.jpg
今回は撮影禁止の絵もありましたが、かなり多くの画像が嵯峨嵐山文華館の所蔵品で、いくつかは所有者のご厚意で撮影OKになったとか。感謝あるのみです。この催しを教えて下さった31期紫のRi-chan(仮名)、有難うございました。

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