かにかくに祭、今年は祇園甲部の豆まるさん・市紘さん・豆結さん・豆彩さんが献花!@白川南通。

毎年11月8日には、歌人・小説家・劇作家で祇園をこよなく愛した吉井勇を偲んで「かにかくに祭」が行われます。最初の画像はメディア向けにポーズを取って並んだ芸妓さん・舞妓さん。左から、豆まるさん・市紘(いちひろ)さん・豆結(まめゆい)さん・豆彩(まめあや)さんです。
2019.11.08かにかくひ祭 (50)豆まる・市紘・豆結・豆彩.JPG


次の画像は、EVENT直前の様子。かにかくに碑には吉井勇の歌「可に可くに 祇園はこひし 寐るときも 枕のしたを 水の奈可る々」が刻まれています。
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11時少し過ぎて、お茶屋さんのお母さんと芸妓さん・舞妓さんが登場です。
2019.11.08かにかくひ祭 (8)豆まる・市紘・豆結・豆彩.JPG
で、まずはお母さんが献花。
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以下、豆まるさん・市紘さん・豆結さん・豆彩さんの順に次々と献花です。お顔の大写しと献花の様子を2枚ずつ続けて。まずは豆まるさん。去年もお見えでしたね。
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2番目は市紘さん。先日、京都女子大学の文化祭(藤花祭)でお目にかかったばかり(笑)。
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3番目は豆結さん。こちらも、先日のリーガロイヤルホテル50周年記念EVENTでお目にかかったばかり(笑)。
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最後に豆彩さん。豆彩さんは豆結さんと共に6月の祇園放生会に参加されていましたね。
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吉井勇は1886(明治19)年に生まれ、1960(昭和35)年に亡くなりましたが、かにかくに碑は1955(昭和30)年11月8日に彼の古稀を祝って友人(*注➀参照)が建てたものです。で、芸妓さん・舞妓さんは4人揃って碑に向かってお参りします。
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この後、メディア向けの撮影が行われたのが最初の画像です。その後、豆まるさんが正面側のカメラを構えた方々用に列を移動するようリードして下さいました。
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さらに、豆まるさんは西側の皆様にも撮影のための便宜を図って下さいました。確か、去年は無かった気が…(笑)。最後はお2人ずつの画像を。まずは左・市紘さん、右・豆まるさんを。
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続いては、左・豆彩さん、右・豆結さんです。
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と言うことで、暖かな日差しの中、白川南通(*注②参照)での「かにかくに祭」は無事終了しました。

注➀:かにかくに碑の建設に尽力した友人(発起人)は以下のような方々。
4世井上八千代・大谷竹次郎・大仏次郎・久保田万太郎・ 里見敦・志賀直哉・新村出・杉浦治郎右衛門・高橋誠一郎・高山義三・ 谷崎潤一郎・堂本印衆・中島勝蔵・西山翠嶂・湯川秀樹・和田三造、等。吉井勇の幅広い友人関係が偲ばれますが、こうした方々が祇園を支えていらっしゃったのですね。

注②:「かにかくに」の歌は、1910(明治43)年に詠んだ一首で、吉井の歌集「酒ほがひ」に収められていますが、当時は白川の両岸にお茶屋さんが建ち並び、 建物の奥の一間は白川の上に少し突き出た形で作られていたので、歌通りの情景があった訳です。その後、1945(昭和20)年3月に空襲に備えるため白川北側の家々が強制疎開の対象となったため、 多くの文化人と幅広く交流のあった磯田多佳(たか)さんのお茶屋さんもその犠牲となりました。歌碑は「大友」の跡地に建てられています。

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