妙心寺&泉涌寺 with Syachouご一家。

38期緑のSyachou(仮名)ご夫妻が上洛され、お嬢さんの69期黄のMamiya-T(仮名)を含めたお3方をご案内。最初の画像は泉涌寺御座所庭園で見かけた石灯籠。泉涌寺型雪見灯籠と呼ばれ、足は4本ですが、苔の乗った笠・その下の火袋・薄い中台は皇室のお寺=御寺(みてら)に相応しい8角形。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (20)泉涌寺御座所庭園涌寺(雪見型)石燈籠写し.JPG


今回は珍しく「京の冬の旅 特別公開」中の妙心寺と泉涌寺のリクエストがあったので、まずは妙心寺の仏殿=初公開と浴室(明智風呂)へ。浴室内部は以前にUPしていますので割愛。仏殿は内部撮影NG。ということで、拝見した後に記念撮影。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (2)明智風呂.JPG
続いて、通常公開の法堂&大庫裏(くり)。次の画像は大庫裏。平仮名の「へ」に似た海老虹梁(えびこうりょう)が美しく、高い煙出しも見えますが、全体が巨大。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (3)大庫裏.JPG
大庫裏内部の撮影はNGでしたが、長く大きな1枚板の梁(はり)や細かな細工の懸魚(げぎょ)等、魅力的なパーツが一杯でした。その後、大方丈へ。ここも内部撮影はNGなので前庭を。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (4)大方丈.JPG
妙心寺は関山慧玄(かんざんえげん・無相大師)を開山=初代住職に迎えて、花園法皇(開基=創立者)の離宮に禅寺にした寺院ですが、上の画像のようにそのまま時代劇の背景に使えそうな場所が多数。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (7).JPG
大徳寺と共に室町幕府の保護・統制から脱して林下(りんか)と呼ばれた妙心寺は、幕府滅亡後も隆盛を誇り46の塔頭があります(数は異説あり)。さらに、境内中で最古の塔頭(たっちゅう)の玉鳳院(ぎょうほういん=特別公開)へ。豊臣秀吉の子・鶴松(棄丸)の御霊屋(おたまや=祥雲院殿)があり、渡り廊下で開山堂(微笑庵:みしょうあん)に続いています。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (5)玉鳳院.JPG
玉鳳院・開山堂共に、内部・霊園の撮影NG。上の画像は開山堂正面の塀に造られた平唐門(へいからもん)。後小松天皇の内裏の門を妙心寺が賜り、当初は勅使門として使用。1610(慶長15)年に現在地に移設。応仁の乱時の矢が刺さった跡を確認中の場面です。

で、昼食後、泉涌寺へ。ここの特別公開は霊明殿&御座所・雲龍院・新善光寺でしたが、通常公開部分の他は霊明殿&御座所のみを拝観へ。まずはこちらの仏殿の画像から。午後なのに、誰もいない!
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (16)泉涌寺.JPG
仏殿・観音堂(楊貴妃観音)等は後に回して、まずは1818(文政元)年の霊明殿再建時に京都御所から御里御殿が移築された御座所へ。次の画像左が御座所、右奥が霊明殿。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (23)泉涌寺御座所・霊明殿.JPG
内部は撮影NGでしたので、続いては、座所池泉式庭園。最初の画像の泉涌寺型雪見灯籠はここにあります。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (18)泉涌寺御座所庭園.JPG
次は説明役の小母様が「丁度、綺麗な鴛鴦(おしどり)のつがいが飛んできたばかりです」と仰ったのが、こちら。「小母様、これは真鴨です!」と心の中で訂正させていただきました(笑)。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (19)泉涌寺御座所庭園.JPG
次は菊紋を模した蹲(つくばい・手水鉢)と織部灯籠(普通、キリシタン灯籠とも言われますが、疑問です)。なお、庭園は明治になってから作庭されています。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (21)泉涌寺御座所庭園.JPG
そして、霊明殿は1884(明治27)年に再建された宸殿(しんでん)風の建物です。御座所から続いているのですが、スリッパを脱いで階段を上がります。堂内には天智天皇以降の歴代天皇の位牌が祀られています(ただし40代=天武天皇から48代=称徳天皇までは祀られていないとか)。
2020.02.17角田ご夫妻上洛 (24)泉涌寺御座所・霊明殿.JPG
現在でも皇族が休憩時に使う御座所も霊明殿の撮影NG。御座所の襖絵や玉座等、素晴らしいところがご紹介できなくて残念!です。

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