「伏水街道第一橋」がこんな所に!

桜・桃の記事が1週間続きましたので、本日は別の話題を。伏見稲荷大社に行く時、大体は伏見街道をチャリチャリと南へ進むのですが、JR(&京阪)東福寺駅を過ぎて、立体交差(陸橋)になっている九条通下に「伏水街道第二橋」の文字の入った親柱に出くわします。その南に「第三橋」「第四橋」もあるのですが、前々から「第一橋」は見たことが無いなぁと疑問に思っていたら、思いがけない場所に!
2020.03.03春桃会 (50)泉中小学校・伏見街道第一橋.JPG


次の画像は、「伏水街道第一橋」の文字が刻まれた親柱。元々は本町通10丁目と11丁目の間を流れる今熊野川(いまぐまのがわ:現在は暗渠化)に架けられていた石橋だったそうですが、橋だけが残っている訳ですね。踏み石は移設後の飾り物でしょう(笑)。
2020.03.03春桃会 (49)泉中小学校・伏見街道第一橋.JPG
本町通というのは、伏見街道の内、五条通から京阪線伏見稲荷駅の北あたりまでの東山区内の通りを指します。で、「伏水街道第一橋」のある場所は京都市立東山泉小・中学校(西学舎)のグラウンドの片隅です。
2020.03.03春桃会 (47)泉中小学校・伏見街道第一橋.JPG
この東山泉小中学校というのは、一橋(いっきょう)・月輪(つきのわ)・今熊野の3小学校と月輪中学校が統合して、2014(平成26)年4月に開校した学校で、「伏水街道第一橋」は、旧・一橋小学校にあるのです。
2020.03.03春桃会 (40)泉中小学校・伏見街道第一橋.JPG
1869(明治2)年に「下京第三十一番組小学校」として創立され、1873(明治6)年に改名された旧・一橋小学校は同年に架けられた推定される「伏水街道第一橋」に由来する校名だと思われます。次は横からの画像。
2020.03.03春桃会 (42)泉中小学校・伏見街道第一橋.JPG
その意味では実に縁の深い場所に移動されたことになります。ちなみに旧・月輪小学校は、1922(大正11)年4月1日に京都市三橋小学校として開校し、1929(昭和4)年に一橋第二小学校と名を改め、1941(昭和16)年に月輪小学校となります。次は、反対側から撮影した画像。
2020.03.03春桃会 (43)泉中小学校・伏見街道第一橋.JPG
なお、今熊野小学校は1931(昭和6)年2月11日に一橋第三小学校として開校し、1941(昭和16)年に今熊野小学校となります。両校とも、一橋小学校から分離した形です。次は最初の画像に写っていた桜。
2020.03.03春桃会 (44)泉中小学校・里桜.JPG
木にはサトザクラ(里桜)の札が掛かっていましたが、里桜は桜の園芸品種の総称です。この撮影は3月初めでしたが、その時期にこれだけ開花するのは河津桜じゃないかなぁ。
2020.03.03春桃会 (39)泉中小学校・里桜.JPG
「伏水街道第二橋」も先に書いたように、本来の姿を留めていませんが、「第三橋」と「第四橋」(直違橋:すじかいばし)は現在も橋として使用されていますので、近いうちに確認してきます。

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