おぉ、これは御衣黄か、鬱金か(笑)@京都市伏見土木事務所、そして宇治川派流の桜。

またまた(笑)、7日の桜を。今回は画像多めです。実は、宇治川派流の染井吉野を撮影しようと京阪電車に乗り、石清水八幡宮駅から中書島駅に戻り下車。竹田街道(府道115号線)を京橋に向かって歩いていたら、京都市伏見土木事務所の看板がある場所に黄色い桜が。
2020.04.07中書島御衣黄 (4).JPG


注意深くあたりを見回すと、塀沿いに「伏見長州藩邸跡」の石柱と説明板が。行者橋、朧気にしか記憶していませんでしたが、ここは伏見城下西端近辺にあった毛利藩邸が元禄時代に移転してきて長州藩邸となった場所でした。
2020.04.07中書島御衣黄 (5).JPG
その後、1864(元治元)年の池田屋事変に憤激して上洛した長州藩急進派がこの藩邸に滞在し、家老・福原越後が藩主の冤罪を晴らす嘆願に失敗するや、京都御所に向かって進軍したのです。染井吉野を背景にもう1枚。
2020.04.07中書島御衣黄 (6).JPG
事務所に入ろうとする職員の方に「この黄桜は御衣黄(ぎょいこう)ですか、鬱金(うこん)ですか」と質問。「分かりません」のお答えでしたが、行者橋は御衣黄と藩邸、いや判定(笑)。で、そのまま京橋へ。
2020.04.07宇治川派流 (8).JPG
上の画像は、京橋の上から宇治川派流を眺めた光景。手前から延びる白い部分は花弁が集まって出来た花筏(はないかだ)です。目を上げて遠くの伏見であい橋を眺めると、こうなります。
2020.04.07宇治川派流 (9).JPG
ちなみに、京橋には鳥羽伏見の戦いの時の「伏見口の戦い激戦地跡」の石柱がありますが、長州藩邸はその3年半前の禁門の変(蛤御門の変:1864=元治元年)で焼失しています。宇治川派流の桜並木は染井吉野ですが、次は花弁の大写し。
2020.04.07宇治川派流 (14).JPG
伏見であい橋は3つの流れに架かっていますので独特のY字形をしていますが、次は橋の上から三栖閘門(みすこうもん)方向を撮影した画像。
2020.04.07宇治川派流 (20).JPG
帰り道は、宇治川派流南側の散策路を通って帰りましたが、所々に青モミジがあり、これはこれで美しい光景。
2020.04.07宇治川派流 (24).JPG
そのまま京橋の下を過ぎると、三十石船の乗船口に。現在は運航していませんので閑散としていますが、そこに綺麗な八重紅枝垂れ桜が1本。
2020.04.07中書島 (27)三十石船乗船場.JPG
次は花弁の大写し。いやぁ、可憐な中にも艶っぽさが(笑)。
2020.04.07中書島 (28)三十石船乗船場.JPG
階段を上がって道路に出ると、八重で紅色の濃い少し大きめの花が。この桜は関山(かんざん)と見ました(笑)。
2020.04.07中書島 (31)三十石船乗船場.JPG
行者橋、染井吉野の後に咲く紅色の強いぼってりとした八重桜は、ほぼ関山と決めつけております(笑)。最後は再び京橋の下から撮影した花筏を。
2020.04.07宇治川派流 (12).JPG
ということで、思いがけない場所で御衣黄(だと思います)を発見できて、大満足(笑)。伏見に用事があったとは言え、久々に電車で遠出をして気分も身体もリフレッシュ。平日の昼間とは言うものの、京阪電車は車両内の各ベンチシートに1人いるかいないかという状況でした(笑)。

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この記事へのコメント

AK
2020年04月15日 06:35
私の判定はウコンです。
引いて見た画像を見る限り、遠目には黄色に見える…。
行者橋 渡
2020年04月15日 08:37
AK様、コメント有難うございます。鬱金と御衣黄は同類ですから、鬱金かもしれませんね。確かに、そうご指摘いただくと、そのような気も…(笑)。真ん中がかなり紅くなると御衣黄鴨しれないのですが。来年、また行くことがあると確認してみたいと思います。