旧・清水小学校が「ザ・ホテル青龍 京都清水」に変身!

1869(明治2)年に下京二十七番組小学校として創設された旧・清水小学校が、今年3月、「ザ・ホテル青龍 京都清水」となり、開業しました。京都の町並みが一望できる高台に位置し、敷地に高低差もありますので、ホテルには最適!…かつての正門から車寄せのある場所まで進むと、奥に八坂の塔(法観寺)が見えてきます。中央奥の黒い所が新築部分。
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旧・清水小学校は2011(平成23)年4月から小中一貫校である開睛小・中学校(東山開睛館)に統合されました。次の画像はチョッと戻って、かつての正門だった場所からのもの。清水寺の参道(清水坂)に面した(ホテルの車寄せに至る)アプローチ。
2020.04.03ザ・ホテル青龍 京都清水 (92).JPG
最初の画像の黒い部分は新築部分ですが、かつての校舎の外観を保存してホテルにしましたので、3階のアーチ型の窓や軒下の船腕木装飾・2階と3階の間の装飾等の特徴が良く分かります。
2020.04.03ザ・ホテル青龍 京都清水 (88).JPG
京都市内の小・中学校は、1979(昭和54)年4月に柳池中学校と銅駝中学校が柳池中学校に統合されて以来、統廃合が進み、2019(平成31)年4月時点で76校が20校に減りましたが、閉校後の校舎は様々な形で活用されています。次の画像奥がフロント部分。
2020.04.03ザ・ホテル青龍 京都清水 (82).JPG
上の画像奥の建物は特徴のある赤いスペイン瓦の屋根で、とても目立ちます。窓の横の茶色い枠はスクラッチタイルかな。全体にスパニッシュ風と表現される校舎は、1933(昭和8)年に竣工した鉄筋コンクリート造り3階建で京都市営繕課の設計。
2020.04.03ザ・ホテル青龍 京都清水 (91).JPG
実は、同じ京都市営繕課が設計し、同じ1928(昭和3)年に竣工した同じく鉄筋コンクリート造3階建ての旧・京都市立立誠小学校(高瀬川沿い・下京区木屋町通蛸薬師東入ル備前島町)は、今年7月に「ザ・ゲートホテル京都高瀬川 by HULIC」として開業予定だとか。ここは、全体が自治会活動スペースや図書館等が入る複合施設「立誠ガーデン ヒューリック京都」になるそうです。

参考:旧・清水小学校の記事は以下の通り。詳細はこちらをご覧下さい。
https://asachio.at.webry.info/201108/article_5.html

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この記事へのコメント

narahimuro
2020年04月12日 19:46
 行者橋様へ
今、世界は降ってわいたようなコロナ騒動で
揺れ動いています。悪くすれば、スペイン風邪の
再来になると予想されている方もいます。
日本は政府の言う自粛、自粛で閉塞感が蔓延しています。
京都でも、中国人観光客の姿が絶え、欧米系の観光客も
昨年の一割程度に激減しています。
京都市内宿泊施設も経営が困難になっているのが多く出ています。
ホテルへの変身が功を奏するのか、今後のコロナ騒動の
行方次第でしょう。
とにかく、コロナウィルスが早く消滅するか、弱毒化するか
して欲しいと願っています。
行者橋 渡
2020年04月12日 20:21
narahimuro様、コメント有難うございます。知り合いの旅館や飲食店が軒並み、休業に追い込まれているのですが、事実上、何もできない状態で心苦しい限りです。

本当に日々、閉塞感が次第に強くなってきて、なるべく外出しないように心がけてはいるのですが、買い物に出る時も「これは不要不急と言えるか」と自問自答しながらチャリチャリしています。

ブログも「少しでも気分を変えていただければ」と思い、買い物や用事のついでに急いで撮影した画像をUPしているのですが、本当にこれで良いのかなぁ…と不安になりながら毎日UPしている次第です。

スペイン風邪は、第一次世界大戦中の途中で流行し始めたので、情報が多く報道されたためについた名前で、スペインが発生地では無いのに…、ということを11年前の新型インフルエンザ流行の時に知りました。全世界で効果的な薬やワクチン開発にしのぎを削っているのだと思いますが、早くそれが出来ることを祈るばかりです。