卯達のある屋根:撮り溜めた画像から。

「うだつが上がらない」という言葉が、「地位・生活等が良くならない」「出世が出来ない」ことを意味し、「うだつ」(卯達・宇立。以下、卯達)が建築用語に由来することは案外良く知られていると思いますが、現物を見たことのある人はそう多くはないんじゃないかと感じています。行者橋も、京都には結構あるだろうと、チャリチャリする度に探していたのですが、4月初めに発見!
2020 .04.10桜 (62)卯達・五辻通浄福寺西入ル.JPG


平野神社の桜を撮ろうと五辻通(いつつじどおり)を西へ向かい、鍾馗(しょうき)さんは無いかなぁと思いつつチャリチャリしていたら、浄福寺通を越えた所にかなり大きな町家の屋根に卯達が。次は反対側からの画像。
2020 .04.10桜 (58)卯達・五辻通浄福寺西入ル.JPG
卯達は平安時代には「うだち」と呼ばれていたのが、室町時代には「うだつ」と変化したそうで、本来は「梁の上に立てて棟木を受ける短い小柱=束(つか)」で「梲」の文字が使われたとか。
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*画像は『デジタル大辞泉』(小学館)から転載させていただいています。(C)Shogakukan Inc.
後に 「家と家との間の屋根(あるいは妻の壁面)を屋根より少し高く造り小屋根を付けた部分」を指すようになり、行者橋は学生時代に、これを卯達と習いました。次は岐阜県美濃市泉町の卯達が連なる家々。
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*画像は岐阜県美濃市役所のHPから転載させていただいています。Copyright @ 2013 Mino City All Rights Reserved.
しかし、さらにその後、袖壁に小屋根を付けたものも卯達と呼ぶようになったようで、屋根(妻部分)には小屋根がありません。代表例が次の徳島県美馬市脇町の卯達。
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*画像は徳島県美馬市役所のHPから転載させていただいています。Copyright @ 2013 Mino City All Rights Reserved.
結局、前の美濃市の例を本卯達、後ろの美馬市の例を袖卯達と区別しているようですが、小屋根の無い単なる袖壁を卯達と紹介しているケースも見受けます。美馬市の文化財を貶める意図はありませんが、行者橋の個人的な感覚としては本卯達が本来の筋かなと思います。
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大学で勉強した時、Wikipediaにも紹介されている『洛中洛外図』(福岡市博物館本・狩野孝信筆・重要文化財) を学んだためかもしれません(笑:ただし、屋根の構造がかなり異なります)。上の画像は再び、五辻通浄福寺西入ルの本卯達の町家です。
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この町家は割合新しい印象ですが、虫籠窓(むしこまど)は手前の方が古い形でしょうか。上の画像中央左に鍾馗さんが見えます。次は大写し。
2020 .04.10桜 (60)卯達・五辻通浄福寺西入ル.JPG
卯達は、本来、防火用として造られて次第に装飾化したと説明されるのですが、どのくらいの延焼防止効果(防火能力)があったのでしょうか。行者橋、若干、疑問を持っています(笑)。今、思い出したのですが、西陣・六番町のスッポンの「大市」には本卯達があった気がします。随分以前に撮影したはずなのですが、画像発見できず。また買い物のついでに撮影してこようと思っています。

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