妙心寺大雄院の襖絵が素敵でした!

28日にUPした妙心寺大雄院(だいおういん)は、江戸末期から明治初期にかけて活躍した蒔絵師(まきえし)・画家の柴田是真(しばた ぜしん)が描いた襖絵(*参照)が残っている唯一のお寺だそうです。それに因(ちな)んでのことでしょうが、大雄院では「襖絵プロジェクト」と称して新しい襖絵を完成させました。
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (65)妙心寺大雄院.JPG


この「襖絵プロジェクト」は、1888(明治21)年に旧・江戸城西の丸に建設された皇室の中心的施設・明治宮殿千種の間の天井に描かれた「花の丸図」を襖絵として復活させるものですが、客殿玄関からも一部が見えます。次がその画像。
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (80)妙心寺大雄院.JPG
実は、明治宮殿の「花の丸図」は1945(昭和20)年5月25日の空襲で焼失したのですが、東京藝術大学に是真の下絵が残っており、それを基に現代の宮絵師さん・安川如風が新しい襖絵を描いたという訳です。以下、続けて6枚。
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (63)妙心寺大雄院.JPG
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (64)妙心寺大雄院.JPG
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (69)妙心寺大雄院.JPG
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (70)妙心寺大雄院.JPG
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (71)妙心寺大雄院.JPG
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (72)妙心寺大雄院.JPG
上の6枚の画像は、花だけではなく鳥・虫・貝・魚が一緒に描かれていますが、花だけの襖絵もあります。それがこちら。
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (53)妙心寺大雄院・楊緑花紅.JPG
床の間の掛け軸には「柳緑花紅」の文字が。11世紀、中国・北宋時代の詩人・書家・政治家としても有名な蘇軾(そしょく・蘇東坡=そとうば、とも)の監視に由来する語ですが、禅寺では結構目にしますね。
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (54)妙心寺大雄院.JPG
今年の9月に、全18面に43種類の草花の花丸が描かれた新しい襖絵が完成したとか。ちなみに、明治宮殿には100種以上の美しい草花の花の丸が格天井一杯に描かれていたそうです。
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (46)妙心寺大雄院・引手.JPG
上の画像は、「襖絵プロジェクト」の一貫の引手金具「生命の繰り返し、命の輪廻」の1つ「冬 鶫と足跡」です。次は「秋 栗鼠に葡萄」です。
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (48)妙心寺大雄院.JPG
次は「夏 蟷螂に朝顔」。
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (49)妙心寺大雄院.JPG
そして、「春 蛙に蕨」です。
2020.11.3038期ゆうも・山崎さん上洛 (51)妙心寺大雄院.JPG
小林暁香(こばやし きょうか)という金属工芸作家の手になるもののようです。

:柴田是真は、1807(文化4)年に江戸で生まれて江戸で蒔絵や四条派の絵を学んでいましたが、四条派の絵をさらに学ぶため24歳になった1830(天保元)年に京都に遊学します。その修行の終わり、おそらく1832(天保3)年頃、大雄院で筆をとり、襖に稚松図・山水図・滝猿図・唐人物図の肉筆画72面(Wikipediaには71面とあり)を残したようです(正確には是真以前の「令哉(れいさい)」号)。

是真はその後、江戸へ戻り活躍したものの大火で多くの作品が焼失し、また軽妙洒脱でエスプリに満ちた粋な作風が欧米人に好まれ、現存する作品の多くが海外にあるそうで、国内に残る是真作品は貴重とのこと。行者橋は、以前に「清水三年坂美術館」で是真の蒔絵作品を観たことがあり、蒔絵師だとばかり思っていました。

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