母恵夢は故郷・今治市の銘菓だとばかり思っていたのですが…。

1箇月ほど前、東京の娘から「今治(いまばり)の『母恵夢:ぽえむ)』の期間限定商品を売っているので送ろうか」というメールがあったので、「送って!」と返したら、「ベビー母恵夢」の「あまおう苺」と「冬のショコラ」の2種類が届きました。
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パッケージを開けると、べビー母恵夢が6個ずつ入っていました。「あまおう苺」「冬のショコラ」の順に。まずは「あまおう苺」。
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で、ふと裏側を見ると「株式会社 母恵夢 愛媛県東温市…」とあり、「あれ?これは松山の東南の新しい市のはず」と疑問が…。続いては「冬のショコラ」。
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東温市はかつての温泉郡重信町と川内町が合併した市なので、行者橋、この時は「今治の母恵夢は移転したのか」と思っておりました。次は個包装から出した画像。
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べビー母恵夢は4cm✕7cm程。本来の母恵夢は直径7cm程の円形で、色合いは右の「あまおう苺」と同じです。次は「あまおう苺」の断面。
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次は「冬のショコラ」ですが、両方共、外の記事がホロッと崩れ、それぞれ中の餡が美味。苺の薫りも良くチョコレートのコクもGOOD!
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で、気になってNETで調べたら今治市の「株式会社 母恵夢本舗」(以下、母恵夢・今治)と東温市の「株式会社社 母恵夢」(以下、母恵夢・松山」があることが判明!
*以下3枚の画像は「母恵夢・今治」のHPから転載させていただいています。
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元々は、今治市で寿司屋・レストランとして創業した「権太」が、1953(昭和28)年に菓子店となり「有限会社 菓舗権太」を設立し、乳菓「母恵夢」(当時の名は「バター饅頭」)や「他抜きもなか」等の販売を開始したそうで、上の画像は少し後に新築された広小路本町角の本店。屋根の上にお城(笑)が…。
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上が「他抜きもなか」の画像ですが、小さい頃に食べましたし、「権太」の名も朧気に記憶があります。そして、行者橋の大好きな「タルト」。
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現在、愛媛県のタルトでは「一六本舗」「ハタダ」等の今治市以外のメーカーのものが有名になっていますが、行者橋は「母恵夢・今治」の餡の柚子の風味が好みです。微妙に異なるんですよね。
*以下2枚の画像は「母恵夢・松山」のHPから転載させていただいています。
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「母恵夢・今治」の商品だとばかり思っていた今回いただいた「ベビー母恵夢」2種は、何と!…実は「母恵夢・松山」の商品でした。
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以下、若干煩雑になりますが…。1953(昭和28)年に松山市大街道に開店した「有限会社 菓舗権太」松山店が、1956(昭和31)年に「有限会社 今治権太」松山店として創業。1966(昭和41)年に「今治権太」から分離独立して「株式会社 菓舗権太」に。1976(昭和51)年に「株式会社 母恵夢」と改名したのだとか。
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*上の画像は「母恵夢・今治」のHPから転載させていただいています。
そして、本家の今治市のお店は1978(昭和53)年に「有限会社 母恵夢本舗」に社名変更 し、1996(平成8)年に「株式会社 母恵夢本舗」となったのだとか。バターを使ったビスケット生地で黄身餡を包んで焼き上げた「母恵夢」は、皮肉なことにと言うべきか、松山店が出来た後の1955(昭和30)年に爆発的にヒットしたのだとか。両社の代表取締役の名字は同じですから一族の方だと思いますが、円満な関係だと信じています(笑)。久し振りに「他抜きもなか」食べたいなぁ!

この記事へのコメント

AK
2021年03月09日 07:11
話がややこしいですね(笑)。

福岡の「千鳥屋」も「チロリアン」の所とその他色々あった記憶が…。
調べたら全部兄弟の会社かつ非常に激しい骨肉の争い。笑ってしまいました。肉親のほうが暖簾分けより大概揉めがちですね。
行者橋 渡
2021年03月09日 10:35
AK様、コメント有難うございます。
やはり色々なお店で親族内外での揉め事があるんでしょうね。京都のバッグ等の「一澤帆布」の例は有名ですが、パンの「祇園ボロニア」も同様のややこしい話があったようです。甘味の「甘春堂」「七條甘春堂」も微妙な気配ですし、「餃子の王将」と「大阪王将」も複雑な関係のようです。大阪の「551蓬莱」と「蓬莱本館」も同様な経緯があったはず。難しい話です(笑)。