緊急事態宣言下の節分・須賀神社の懸想文売り篇:2021年2月2日。

新型コロナウイルス感染症拡大に伴う2回目の緊急事態宣言が出されたので、今年の節分は多くの寺社の行事が軒並み「中止あるいはかなりの縮小」となっていますが、その中で実施されていた行事をいくつかシリーズでご紹介。まずは須賀神社の「懸想文売り:けそうぶみうり」さん。
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須賀神社はこれまでに何回かUPしてきましたが、春日北通(*参照)に面しています。で、東大路通から春日北通に入る交差点には、こんな立て看板が。
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立て看板には「東山線京大病院南通り東入200M」とありますね。を改めてお読み下さい(笑)。ということで、次が須賀神社。
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斜め向かいに聖護院が、向かいに2月23日に五大力尊法要が行われる積善院凖提堂(じゅんていどう)があります。そうそう、途中にはこんなポスターも。
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なお、懸想文の詳細については以前の記事をご覧下さい(笑)。狭い境内には、おそらく日本で唯一の懸想文売りさんが。正面からのポーズをお願いしました。
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例年、お2人いらっしゃるのですが、お1人しか見えなかったので、「今年は1人ですか」と伺うと「休憩です(笑)」とのこと。その証拠が縁台に…。
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例年とは日が前にズレて懸想文を求める人も少なかったので、色々とお話を伺っていたら丁度お客様がお見えになりました。
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で、再び話ができる状態になり色々と伺っていたのですが、「今年は日程が違うので3日にいらっしゃる方がいそう」とのお言葉。次は後姿をお願いした上の画像
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左側のテントで引換券を求め、懸想文売りさんから懸想文を受け取ります。次が本殿。左の提灯に交通神社とあるのは、1964(昭和39)年に分祀したからです。
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須賀神社は869(貞観11)年、現在の平安神宮蒼龍楼付近に創建。当初は西天王社とも呼ばれ、祭神は須佐之男神(スサノオノミコト)と櫛稲田比賣神(クシナダヒメノミコト)。紆余曲折の後、明治初期の廃仏毀釈時に須賀神社となり、1924(大正13)年現在地に。最後はこちら。
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新門前通をチャリチャリしていた時にある古美術店で見かけた木彫の懸想文売りさん。細かな点まで再現されていて、とても美しい木彫作品だと思います。おいくらなのでしょう(笑)。

:春日北通は丸太町通の1筋北、東大路通から東方向の金戒光明寺(黒谷)までの東西路です。東大路通から西方向の川端通までは春日上通(京都大学付属病院の南端)と呼ばれていますが、両方とも全線(金戒光明寺-東大路通-川端通間の約1.5km)に使われることも多いようです。いずれにせよ、平安京の春日小路である丸太町通に並行するために命名された道路名ですね。

なお、西大路通の2筋西の南北路である佐井通は、四条通の北に春日神社があるので春日通とも呼ばれます。京都の人は、須賀神社の方の道路の名前をあまり明瞭に記憶していない人が多い印象で注意が必要です(笑)。

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