霊光殿天満宮の牛:2021年3月11日。

今年は丑年なので、少し意識して京都各地の天満宮の牛を追いかけてみようと思い、撮り溜めているのですが、本日は霊光殿天満宮篇です。画像が1カ月前に撮影したものですが、まずはこちらから。
2021.03.11街中の桜・梅 (31)霊光殿天満宮.JPG


霊光殿天満宮の住所は「上京区新町通今出川下ル」なのですが、斜め前に同志社大学継志館(外国人の留学生&教員・研究者用の宿泊施設、等のようです)があります。次は正面画像。3月11日時点ですので紅梅が満開。
2021.03.11街中の桜・梅 (21)霊光殿天満宮.JPG
上の画像右端に見える駒札の由来によると、1018(寛仁2)年、菅原義郷(道真の6代後の子孫)が後一条天皇の命で河内国若江郡(現・大阪府八尾市と東大阪市の一部)に神殿を建てたのが始まりとか。次は鳥居の「天下無敵 必勝利運」の文字の扁額。
2021.03.11街中の桜・梅 (34)霊光殿天満宮.JPG
弘安の役(1281=弘安4年)の時、後宇多天皇(後醍醐天皇の父)が霊光殿天満宮で蒙古撃退の祈祷を行わせたら元の船がほぼ沈没してことを受け、天皇から賜った宸筆を基にしたものだとか。次が境内。
2021.03.11街中の桜・梅 (23)霊光殿天満宮.JPG
創建後、社地・社殿とも紆余曲折があったのですが、徳川家康の崇敬と家光の保護を受け、現在地に遷ったのは1761(宝暦11)年のことだそうです。上の画像手前の舞殿の奥に社殿があり、その手前に石の牛が。
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この牛を横から見たら、こうなります。
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現在の社殿は、1872(明治5)年に近衛家の旧鎮守社を移築したものだそうですが、次は少し斜め前からの画像。
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狛犬・唐獅子の手前に、最初の画像の牛が鎮座。小振りですが、なかなか逞しそうな(おそらく)青銅製の牛です。
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最後に社殿の正面像。
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忘れていました。霊光殿という社名は、道真の左遷の際に天から一条の光とともに天一神(てんいちじん・てんいつじん:方角神の1つで十二天将の主将とされます)・帝釈天が降臨したとの伝説によるそうです。ちなみに祭神は菅原道真と徳川家康の2柱です。

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