近江八幡:日牟禮八幡宮の金の鳩が眩しい!

4月初めの近江八幡紀行第7弾は「日牟禮(ひむれ)八幡宮」。普通は拝殿か本殿が最初の画像に来るのですが、本日は氏子さんの金婚記念で奉納された本殿前の「金の鳩」2対の片方を。
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で、基本に戻って(笑)、参道の石鳥居を。上の島木を支える柱上部の台輪がチョッと独特かな。鳥居をくぐると直ぐに八幡堀に架かる白雲橋。
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伝承としては、成務朝の創建、応神朝の日群之社八幡宮と命名、持統朝に参拝した藤原不比等が詠んだ和歌「天降りの 神の誕生の八幡かも ひむれの杜に なびく白雲」 に因んで比牟禮社となったという逸話があります。参道を進むと右手(南西向きの楼門。
2021.04.08近江八幡 (14)日牟礼八幡宮楼門.JPG
しかし、991(正暦2)年に一条天皇の勅願により法華峰(八幡山)上に社を建て宇佐八幡宮を勧請して「上の八幡宮」とし、1005(寛弘2)に山麓に遥拝社を建立し「下の社」としたというのが確かなようです。
2021.04.08近江八幡 (18)日牟礼八幡宮能舞台.JPG
なお、現・社殿地は下の社に相当するそうですが、1585(天正13)年に豊臣秀次が上の八幡宮を下の社に合祀したとのこと。上の画像は楼門をくぐった右手の能舞台。左端に神馬像が。次は大写し。
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続いては、豪華に印象の拝殿とその奥にチラッと見える本殿。木造入母屋造の拝殿は、1188(文治3)年に源頼朝が近江守護・佐々木六角に命じて造営したのが最初。
2021.04.08近江八幡 (38)日牟礼八幡宮拝殿本殿.JPG
その後、2度の改築、3度の屋根葺替えを経て現状へ。最後の1978(昭和53)年の屋根葺替えで檜皮葺きを銅板葺きに変えたのだとか。続いては本殿。
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詳しく言うと、木造三間社流造り千鳥破風向拝付きの本殿も何度も修復造替・屋根葺替えを繰り返し、拝殿同様最後の葺替えで銅板葺きに。で、次はこちら。
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本殿の鬼瓦なのですが、2018(平成30)年の台風で落ちて壊れたため、翌年、銅製に替えられたので、下に飾ってありました。次は、境内にはある末社の1つ。
2021.04.08近江八幡 (30)日牟礼八幡宮常盤・宮比・天満宮.JPG
実際には3社あり、左・常盤神社、中・天満宮、右・宮比神社。中の天満宮の左右には撫で牛が2頭。こちらが左側。
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そして、右側。牛というより羊のようにも見えますが(笑)。
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次の画像は、楼門の脇に置いてあった日牟禮八幡宮の祭事の1つ・八幡まつりの松明。左3本が「振り松明」、右の1本が「ひきずり松明」だそうです。
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次は同じく祭事の左義長まつりの「だし」。干支は丑ですし、アマビエも見えますので今年の製作でしょうか(今年は全町内のダシ製作は自粛となったはず)。
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忘れていました。主祭神は誉田別尊(応神天皇)・息長足姫尊(神功皇后)・比賣神(田心姫神・湍津姫神・市杵島姫神の宗像3神、玉依姫とも)です。最後の画像はこちら。
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本殿南側から撮影した画像ですが、石柱には「八幡神社」とあります。神社名を日牟禮八幡宮と改称したのは、1966(昭和41)年のことだそうです。

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