近江八幡:ホフマン窯の仕組みが少し理解できました(笑)・「百聞は一見に如かず」・前篇。

4月初めの近江八幡紀行第8弾、最終は「旧・中川煉瓦製造所八幡工場 煉瓦工場 ホフマン窯」(以下、中川煉瓦ホフマン窯)です。ホフマン窯(ホフマン式輪窯)はドイツ人技師F・ホフマン(1818~1900年)が考案した「連続して煉瓦を焼くための窯」です。まずは高さ約33mの巨大な煙突の画像から。
2021.04.08近江八幡 (265)旧中川煉瓦製造所ホフマン窯.JPG


1872(明治5)年、東京・小菅に初めて造られて以降、最盛期には60基近く各地に建設されて日本の近代化を支えてきたそうですが、現在、稼働しているものは無く遺構が良く残っているのが4基(*参照)のみ。
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中川煉瓦ホフマン窯は貴重な現存4基の内の1基。上の画像では分かり難いのですが、長辺約55m・短辺約14mの細い楕円形(正確には角丸長方形)の窯です。
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上の画像右端に出入り口の1つといくつもの出っ張った控え壁(バットレス)が見えます。次は入口。
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次が入って右手を見た画像。イメージとしては、陸上競技のトラックの上に蒲鉾形の覆いを掛けたトンネルのような空間がずっと続いています。
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続いては反対側の左手の様子。写っている壁は本来の姿では無く、近年、煉瓦造りの様子を再現した時に設けられた壁。奥に煉瓦が積み上げられています。
2021.04.08近江八幡 (249)旧中川煉瓦製造所ホフマン窯.JPG
次はホフマン窯の模式図。内部を10数区画(焼成室)に分けて、各区画に生煉瓦を積み、ある1区画の上部から粉炭を入れて点火。焼成し終わると次の区画に点火して連続焼成していく仕組みです。青い矢印は空気の、赤い矢印は火の流れ。
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実は、今回、中川煉瓦ホフマン窯他、近江八幡を訪れたのは「まいまい京都」の企画によるもので、この模式図は講師・二村盛寧氏提供による資料。次は近年、再現した焼成後の煉瓦の画像。
2021.04.08近江八幡 (289)旧中川煉瓦製造所ホフマン窯.JPG
本来はまず各区画に成形・乾燥させた生煉瓦を天井までビッシリと積んだ後、搬入口を煉瓦や粘土で密閉します。次の模式図のピンクの矢印は煙の流れ、小さな円と細い線は煙道。
2021.04.18ホフマン窯の原理 (7).JPG
燃焼の調整は、煙突につながる各区画の煙道のダンパーを開閉(通風・遮断)して行います。次の画像右端が煙突側の煙道口。外側になる左下隅にもあり、煙が床下を通って煙突に流れる仕組みのようでした。
2021.04.08近江八幡 (252)旧中川煉瓦製造所ホフマン窯.JPG
興味深いのは、各区画の仕切りは新聞紙を貼り合わせた大きな紙を使う点でした。次は、煙道口の大写し。左上の四角い穴は粉炭投入口の1つ。
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講師の二村氏によれば、焼成させる区画の先方1・2区画の以外の全ダンパーを閉めて、粉炭を一定時間投入して焼成するのだとか。煉瓦は焼成すると縮むので、投炭口から煉瓦上部の高さを測って焼成具合を確認したそうです。
2021.04.08近江八幡 (258)旧中川煉瓦製造所ホフマン窯.JPG
現在、この場所には上の画像のようにホフマン窯の他に、煉瓦の素材加工・成形する機械場も(残骸と言って良い形ですが)残っています。裏側から見ると建物の壁の向こうに煙突が。
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次は材料の粘土等を運ぶベルトコンベア・真空土練機・押し出し成形機のようです。
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ということで、前篇終了。

: 現存4基のホフマン窯は以下の通り。
旧・下野煉化製造会社(栃木県下都賀郡野木町:正16角形・16室)
*次の画像はWikipediaから転載しています。
Nogi_Nogimati-rengagama_Gaikan_1.jpg

旧・日本煉瓦製造(埼玉県深谷市:楕円形・18室)
旧・中川煉瓦製造所(滋賀県近江八幡市:楕円形・14~19室・14~18室説も)
旧・神崎煉瓦(京都府舞鶴市:楕円形・11室)

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