京都府立植物園の花・花菖蒲篇③。

京都府立植物園の花・花菖蒲篇第3弾の最初は白い「玉鉾:たまほこ(熊本系)」の画像から。説明板には熊本系(*注①参照)とあるのですが、NETには江戸系、純白の三英花とあります。開花直前は蕾が玉状になる大輪。匙状で小さな内花被、短く斜め上に上がった感じの花柱枝が目立ちます。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (61)玉鉾(熊本系).JPG


次は「紫衣の誉:しいのほまれ(江戸系)」。ビロード状の濃い紫色で、やや平咲きの三英花、中大輪。NETには1983年に加茂花菖蒲園で、千歳姫(チトセヒメ)と邪馬台国の交配で作出されたとありました。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (56)紫衣の誉(江戸系).JPG
ちなみに、1627(寛永4)年の朝幕対立である紫衣事件は普通「しえじけん」と言いますね。次は「禕裳の舞」。実は説明札がかすれていたのですが、禕は偉の部首が示偏(しめすへん)に変わった漢字。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (59)禕裳の舞.JPG
「禕裳」は読みが(いも・いしょう」で意味は「美しい衣装」でしょうか。次も舞ですが、こちらは「雪の舞(伊勢系)」。NETには、花弁の縁にフリルが多く入る純白の三英花、小中輪(1995年・加茂花菖蒲園作出」とありました。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (65)雪の舞(伊勢系).JPG
次も伊勢系の「津の花(伊勢系」。薄い赤紫(小豆色)に白砂を撒いた感じの垂れ咲き、三英花、中輪(1958年・冨野耕治氏作出)。外花被の縁が波打ち、細長い楕円形の内花被が立っています。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (67)津の花(伊勢系).JPG
次は「小笹川(江戸系)」。極く薄い紫の地(水色に近い)に少し濃い紫の筋が入る平咲き、三英花、中輪(1975年頃・平尾秀一氏作出)。良く観ると、匙状の薄赤紫で筋入りの内花被が直立し、薄い青紫で太く短い花柱枝が斜め上に立ち上がってます。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (69)小笹川(江戸系).JPG
並んでいる姿が美しい。次は「追風」。江戸系、垂れ咲きの三英花、中輪(1970年・牧野善作氏作出)。白地に細い紫の筋が入り、中の黄色で良く目立つのが外花被。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (72)追風.JPG
匙状で赤紫の内花被、青紫で少し立ち上がる花柱枝(鉾)と共に白い覆輪あり。コントラストが明瞭で美しい。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (68).JPG
見ていると、江戸系の平咲き品種は数多く並ぶ様子が美しく、肥後系や伊勢系は群生よりも一つひとつの花をじっくり観察・鑑賞するのが良い感じです。次は品種名不明。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (84)深海の色(肥後系.JPG
こちらは「渡津海:わだつみ(肥後系)」。明るい瑠璃紺色に白筋の入る六英花、大輪(1969年・平尾秀一氏作出)。わだつみには別品種「和田津海」(江戸系・平咲き・三英花)もあるようです。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (76)渡津海(肥後系).JPG
続いては「潮来の夢:いたこのゆめ(江戸系)」。薄い藤紫に濃い紫脈が入る三英花、中輪(戦前の作のようですが、詳細不明)。内花被(赤紫)、花柱枝(青紫と白)共に目立ちます。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (87)潮来の夢(江戸系).JPG
こちらは「王昭君(菖翁花)」。江戸系濃い瑠璃紺色の少し垂れた平咲き、六英花、大輪。全体に皺がありますね。菖翁花については注②をご参照下さい。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (90)王昭君(菖翁花).JPG
ただし、元々の王昭君は途絶えたとの説も。そして、次は左「浮雲」・右「碧影」。共に詳細不明です。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (79)浮雲・碧影.JPG
花菖蒲のエリアは次の画像のように板の通路があり、以前はそこを通って花の細かな部分の観察・撮影が出来ました。
2021.06.05京都府立植物園・花菖蒲 (1).JPG
しかし、残念ながら現在は新型コロナウイルス感染拡大防止のためか、立ち入り禁止になっていました。ということで、京都府立植物園の花・花菖蒲篇はこれにて終了。まだUPしたい花も残って「いるので、少し時期をおいてもう少し続きます。

注①:京都府立植物園の説明では、熊本系は「肥後系のうち、明治時代に結成された『熊本満月会』で育成された品種。当初から苗は門外不出とされてきたが、現在は会から一部の品種が持ち出され、改良が加えられていて、一般には肥後系として栽培されている」とありましたが、NETには江戸系(江戸花菖蒲の古花の1つ)とされており、詳細不明。なお、肥後系は江戸から肥後(熊本)へ移された花菖蒲で、室内観賞用として広まったとか。
注②菖翁花(しょうおうか)は、江戸時代後期(1773=安永2年~1856=安政2年)に麻布桜田町に住んだ、旗本・松平左金吾定朝が作出した花菖蒲の品種のこと。菖翁は晩年の号。西丸御目付・禁裏附・京都町奉行等の重職を歴任したので、京都にも10数年間住んだ。父・定寅を助け花を作り、84歳に江戸で亡くなるまで300近い品種を作出し、花菖蒲を芸術の域にまで発達させたと言われるとか。現在も残る10数品種を特に「菖翁花」と呼ぶそうです。

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