祇園祭神霊渡御祭:7月17日夕刻。

今年も祇園祭の本質、神幸祭(中御座・東御座・西御座という3基の神輿の渡御)はありませんでしたが、代わって昨年に引き続き、神霊渡御祭が行われました。まずは、八坂神社の御神体の憑代(よりしろ)となる榊の神籬(さかきのひもろぎ)を四条寺町の四条御旅所に運び終えた白馬の画像から。
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最初の画像の白馬を中心とする行列は、八坂神社南門(正門)鳥居を18時に出発するのですが、その前に舞殿に安置されている神輿から榊へ神霊を遷す神事が舞殿前で行われ、一行は南楼門前に整列します。次は17時30分過ぎの様子。
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この神霊渡御祭は宮本組と清々講社が中心になって行われますが、神輿に代わって3御座の役員も加わります。18時、神職の方を先頭に行列が出発。
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次に、清々講社の幟が続きます。清々講社は1875(明治8)年に成立した(学区を中心とした)募金を目的とした氏子区域組織です。
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そして、宮本組が提灯と共に。宮本組は清々講社第1号で八坂神社のお膝元・弥栄(いやさか)学区の方々(有名老舗の店主や地主さん等)で構成されています。
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続いては宮本組が供奉する神宝奉持列ですが、その先頭は勅板(ちょくばん)です。5年前の調査で、現在の勅板は江戸時代中期のものと判明したとか。
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「974(天延2)年6月7日、円融天皇が高辻東洞院の土地を大政所御旅所(感神院政所:かんしんいんまんどころ)として与え、この地に毎年神幸すること」という勅令が記されているとか。以下、御神宝列を適宜。
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御神宝列の後は、中御座(三若神輿会)・東御座(四若神輿会)・西御座(錦神輿会)の役員の皆様が続きます。
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次にメインの榊の神籬を載せた白馬登場。
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神妙な顔つきで(笑)、白馬は進みます。
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行列の最後は、(おそらく)清々講社の役員の方々。
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八坂神社南門から出発した行列は、東大路通に。この間の通りを神幸道と言いますね。
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上の画像右手にはホテルがあったのですが、建物が撤去されたので妙に明るい!(笑)。そのまま行列は八坂神社西楼門前から四条通に進みます。
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上の画像は、西楼門の階段南半分に陣取った各神輿会の方々が「ホイット、ホイット」の声を掛ける中、3御座の役員の皆様が進む場面です。白馬も続きます。
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次は、四条花見小路の交差点に差し掛かる行列。
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一方、こちらは四条御旅所で「まだか、まだか」と行列を待ち受ける皆様。
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次は、普段はお土産店が入る四条センター(O tabi Kyoto)が変身した四条御旅所内の様子。
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ということで、3御座の皆様に囲まれるようにして白馬が到着。榊の神籬は馬から取り外され、神事に向かう訳ですが、白馬は寺町通を南へ。
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次の画像のように四条通の南側は人が密集し、北側からは人垣で見えない状況に。神事の様子を撮影しようかと思ったのですが、断念して(笑)松川酒店に向かうことにしました。
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なお、午前中には山鉾巡行に代わり、23ある前祭(さきまつり)の山鉾町の代表ら約60人が、2年振りに開かれた籤取り式で決まった順番に榊を持って徒歩で巡行する「御旅所拝礼行列」が行われ、四条堺町では山一番をを引いた霰天神山が京都市長に籤を渡す「籤渡し」も実施されました。その後、代表の皆様は御旅所で八坂神社を遥拝し、神霊が巡行する前の烏丸通から御旅所まで四条通を清めています。

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