法金剛院「青女の滝」現地見学会報告:2021年7月4日。

約1ケ月前の7月4日、京都産業大学ギャラリーの企画展「京都の庭を守ったひとたち-森蘊(もり おさむ)と法金剛院-」に関連して、法金剛院で現地説明会があったので行って参りました。まずは「青女の滝:せいじょのたき」の画像から。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (21)青女の滝.JPG


平安初期の右大臣・清原夏野が営んだ山荘を、彼の没後、寺に改めて双丘寺(ならびがおかでら)と称したのが法金剛院の起源で、その後、文徳天皇時に天安寺となり、平安末期に鳥羽上皇中宮・待賢門院が再興し法金剛院と改名したとのこと。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (72)中門.JPG
JR花園駅の西、新丸太町通に面した表門は閉まっていたので、横の駐車場から寺内へ。上の画像が中門です。そのまま進むと大きな池に蓮が一杯。次の画像左・庫裡、右・礼堂です。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (10)庫裏・礼堂.JPG
説明会が始まる前に仏殿や池の周囲を一回り。次は池の南側に復元された洲浜(すはま)。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (13)洲浜.JPG
上の画像奥に青女の滝があります。この日の青女の滝での講師は山中功・山中造園代表(次の画像)。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (61)青女の滝.JPG
1968(昭和43)年、新丸太町通の拡張工事のため、通り沿いにあった法金剛院本堂や庫裏が移築されたそうで、その2年後に前述したように、森蘊氏の発掘調査・整備が開始されたとか。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (22)青女の滝.JPG
山中氏は1970(昭和45)年の森氏の調査・整備事業に参加されたとのこと。次が青女の滝の石組の大写しですが、下3分の1は土砂に埋もれていたのだとか。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (60)青女の滝.JPG
実は、法金剛院の庭園は待賢門院の再興時に徳大寺静意が作庭した浄土式庭園で、青女の滝は仁和寺の僧・林賢と静意が作った日本最初の現存する人口の滝であることが、資料で確認されています。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (23)特別名勝のエリア標.JPG
庭園は背後の五位山(ごいさん:お寺の山号でもあります)とセットで、特別名勝に指定されていますので、上の画像のように境界の目印となる石柱が打たれています。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (24)鑓水.JPG
上の画像のように、滝からの流れが鑓水(やりみず)を経て、池へに流れ込みます。青女の滝での説明を受けた後、仏像が安置されている仏殿に向かいます。途中、こんな光景が。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (31)石仏群.JPG
さらに石仏等の一群の横には仏足石も。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (36)仏足跡.JPG
礼堂奥の仏殿で鈴木久男・京都産業大学文化学部教授による仏像等の解説を受けたのですが、撮影不可なので画像がありません。で、次の画像は発掘調査・整備時に出てきた本堂の礎石等を集めて埋めた場所。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (65)旧礎石.JPG
現在の建物と本来の伽藍配置はかなり異なっています。次は蔵ですが、かなり古い感じでした。最後にもう1度、青女の滝を。
2021.07.04法金剛院現地説明会 (59)青女の滝.JPG
昨年、仏殿に安置されている平安後期の定朝様(じょうちょうよう)の木造阿弥陀如来坐像 (坐高2.27m・仏師院覚の作)が国宝指定され、庭園整備から50年を迎えたということで、今回のEVENTがあったようですが、色々と勉強になりました。

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