東福寺の青モミジを37期紫TT-TWINSと楽しむ。

行者橋が勤務していたポロニア学園(仮名)の37期紫の学年には、確か3組の双子姉妹がいたと記憶するのですが、その内の1組のTT-姉妹が先日上洛してきましたので、半日だけリクエストのあった伏見稲荷大社・東福寺をご案内。ということで、青モミジです。まずは、渓谷・洗玉澗(せんぎょくかん)の光景。
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京阪線鳥羽街道駅から、勅使門・東司・三門・本堂(仏殿)・方丈という南側から北上するコースを取り、方丈庭園を楽しんだ後、通天橋から洗玉澗の渓谷の青モミジを愛でることに。次は東福寺の境内図。
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*画像は東福寺のHPから転載させていただいています。
通天橋は、1380(天授6)年に春屋妙葩(しゅんおく みょうは)が方丈と開山堂を結ぶ橋を架けさせて、洗玉澗を渡る労苦から僧侶を救ったと伝わる橋廊です。
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上の画像は、通天橋を歩くTT-姉妹。提灯があるのは、夜間ライトアップを実施しているからでしょう。次は通天橋から臥雲橋方向を眺めた画像。「緑の海」の奥に臥雲橋、手前は洗玉澗の暗闇(笑)。
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ということで、通天橋から愛染堂を経て、洗玉澗に降りることにして、ここでお約束の記念撮影。なのですが、フラッシュが反応せず、お2人には申し訳ない画像になってしまいました。
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次の画像は愛染堂。元々は、東福寺塔頭三聖寺の愛染堂だったものの、1873(明治6)年に万寿寺が三聖寺を併合し、さらに万寿寺が1886(明治19)年に東福寺の塔頭となった後、1937(昭和12)年に万寿寺から移されたものです。
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緑の中に、朱色が映えます。そして、洗玉澗に降りて川に架かる石橋の上で緑を眺めます。実は最初の画像と同じ撮影場所です。
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通天橋は1959(昭和34)年に台風で崩壊し、2年後に再建したのですが、その時に橋脚部分を鉄筋コンクリート造にしています。次は再び、石橋から手目にカエデ(楓)を配して撮影した画像。
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次はチョッと上にあがって、違う角度から撮影した通天橋。
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開山・聖一国師(円璽弁円:えんにべんねん)が宋から伝えたとされる三ツ葉楓を見つけようと思ったのですが、見逃しました。代わりにイロハモミジ(伊呂波紅葉)を。
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で、かなり上にあがって、出口方面に。この辺りでもまだ、空気が緑色の感じです。
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下を眺めれば、苔の中に茸が。品種不明ですが、パッと見、花のようでした。
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その後、日下門を経て臥雲橋へ。通天橋と洗玉澗の流れの両方を入れた画像を1枚。
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やはり、ここでもお約束の記念撮影…が、再びフラッシュが反応せず。TT-姉妹様、重ね重ね申し訳ないことでございます。
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というころで、青モミジを心行くまで楽しみました。最後は趣を変えて、方丈北庭にあるハート形のサツキ(皐月)。
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苔と石畳の一松模様が有名な北庭ですが、新しい名物になっているのかな(笑)。

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