京都・膏薬辻子の町名看板はとても多彩です。

本日は、「仁丹の琺瑯(ほうろう)町名看板}(以下、琺瑯看板)の膏薬辻子(こうやくのずし)篇です。四条通を西行する市バスのバス停四条西洞院のすぐそばの辻子(図子とも:通り抜け可能な小路=こうじ)で、バスを下車すると進行方向左手に「膏薬辻子」「杉本家住宅」の案内版と膏薬辻子の駒形説明看板が見えてきます。
2021.08.23膏薬辻子 (1).JPG


最初の画像には突き当りが見えますが、膏薬辻子は東・新町通、西・西洞院通、南・綾小路通、北・四条通で囲まれたほぼ正方形の真ん中を南北に抜けるクランク状の小路で、町名で言うと四条通側が新釜座町(しんかまんざちょう)、綾小路通側が矢田町(やだちょう)になります。
2021.08.23膏薬辻子 (3).JPG
ですが、一部、郭巨山町(かっきょやまちょう)が入り込んでいて、四条通側入口の右手(西側)角に郭巨山町会所に、上の画像の「四条通西洞院東入郭巨山町」のフジイダイマル(藤井大丸)製の町名看板があります。次は、少し入って小路が曲がる前に四条通側を振り返った画像。
2020.10.17仁丹の琺瑯看板 (30).JPG
画像奥に四条通を通る市バスが見えます。画像右手の茶色い壁の手前には京都神田明神があるのですが、説明割愛。で、次は四条通側から歩いた時、突き当たって右に折れた東西の小路(奥が西)。
2021.08.23膏薬辻子 (7).JPG
色々なお店が並んでいるのですが、上の画像左手の並びの奥角には、次の「仁丹 綾小路通新町西へ上 新釜座町」という板製看板がありました。
2021.08.23膏薬辻子 (8).JPG
「座」の文字も略字体で、新町通側からの表記です。仁丹製とは言え琺瑯看板よりかなり古いタイプの町名看板と思われます。で、その角を左折して南北路に入り少し進むと、左側の壁の同じ柱に町名看板が2枚
2021.08.23膏薬辻子 (11).JPG
こちらが、その2枚の看板の大写し。上は琺瑯看板、下はライオンズクラブの町名看板です。
2020.10.17仁丹の琺瑯看板 (24).JPG
こちらが、上の琺瑯看板。「下京區 綾小路通西洞院東入上ル 新釜座町」とあり、「區」の表記から見て古いようです。
2021.08.23膏薬辻子 (13).JPG
一方、下のライオンズクラブの町名看板は「下京区 四条通新町西入下る 新釜座町」とあります。
2021.08.23膏薬辻子 (14).JPG
同じ新釜座町なのに、表記の基準となる通りが「綾小路通西洞院東入上ル」は南・西、「四条通新町西入る」は北・東と異なっています。これは看板を付けた場所がほぼ中間で、どちらも正解(笑)。さらに南に歩くと…。
2021.08.23膏薬辻子 (15).JPG
こちらの琺瑯看板は「下京區 綾小路通西洞院東入上ル」までが同じで、町名が矢田町。仁丹さん、きっちり仕事をしています(笑)。そばにあった京都市広報板も「下京区 綾小路通西洞院東入 矢田町]」。
2021.08.23膏薬辻子 (16).JPG
綾小路通に出た時の画像がこちら。すぐ東側(右)に杉本家住宅が。
2021.08.23膏薬辻子 (20).JPG
綾小路通側の角から西側を眺めると、そこにも琺瑯看板が見えます。
2021.08.23膏薬辻子 (17).JPG
近づいてみると、先ほどと同じく「下京區 綾小路通西洞院東入上ル 矢田町」とありました。
2021.08.23膏薬辻子 (18).JPG
で、綾小路通を東に進み、杉本家住宅の前に来ると、配電BOXの右斜め下にライオンズクラブの町名看板がありました。
2021.08.23膏薬辻子 (24).JPG
その大写しがこちら。「(下京区) 綾小路通新町西入 矢田町」で、新町通側からの表記ですね。少し新町通寄りなので、当然かな。
2021.08.23膏薬辻子 (23).JPG
ということで、「了頓(りょうとん)辻子」「革堂(こうどう)辻子」「だいうすの辻子」「団栗(どんぐり)辻子」等と共に、京都のガイドブックにもしばしば登場する有名な膏薬辻子は町名看板の宝庫です(笑)。

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