鴨川の橋:#04五条大橋➀。

今回は五条大橋ですが、本来の五条通は平安京の五条大路である松原通で、現在の松原橋が五条橋でした。が、豊臣秀吉が方広寺大仏殿造営の際、その橋を平安京の六条坊門小路(現・五条通)に架け替えて五条橋と称し、以後、それが定着します。まずは、五条大橋東詰南側の親柱を。
2021.08.31鴨川の橋 (45)五条大橋東南.JPG


高欄(欄干)も石造りです。続いては東詰北側の親柱ですが、両方の親柱共に五条大橋や鴨川という文字は刻まれていません。高欄(欄干)も同じ石製。
2021.08.31鴨川の橋 (23)五条大橋東北.JPG
次は東詰側の横断歩道上から西方向を撮影した画像。片側4車線(右折レーン含む)で中央分離帯もある広い橋(道路)です。
2021.08.31鴨川の橋 (38)五条大橋.JPG
次は、西詰南側の親柱。こちらには袖柱(脇柱)が付いています。
2021.09.16川端通の花と橋 (12)五条大橋西南.JPG
そして、続いて西詰北側の親柱。ここにも袖柱が付いていますが、南北共、東詰の親柱同様に橋の名とか鴨川という文字は刻まれていません。
2021.08.31鴨川の橋 (24)五条大橋西北.JPG
次は西詰から少し離れた広い中央分離帯からの画像。1961(昭和36)年に京都青年会議所が京都市に寄贈した可愛らしい牛若丸と弁慶の石像が手前に。
2021.08.31鴨川の橋 (29)五条大橋.JPG
原型の作者は京人形司・岡本庄三(面屋庄三:人間国宝)さん。石は、漫才の「千鳥」大悟の出身地として知られる(笑)岡山県北木島(きたぎじま)産の花崗岩=北木石。
2021.06.22鴨川の橋 (53)五条大橋.JPG
瀬戸内近辺には産地が多数あります。上の画像は、下流側から撮った五条大橋。右が東詰、左が西詰です。次は橋脚。とても細長い形で隙間も見える橋脚です。
2021.06.22鴨川の橋 (54)五条大橋.JPG
五条通は国道1号(国道8号と重複)ですので、交通量が多いので重厚にならざるを得ないのでしょう。次は、西詰南側の袖柱と親柱近辺の画像。
2021.06.22鴨川の橋 (55)五条大橋.JPG
2種類の石垣が見えますが、これは西詰北側・東詰南&北側も同じです。こちらは街灯と擬宝珠(ぎぼし)。
2021.06.22鴨川の橋 (60)五条大橋.JPG
街灯の照明部分はとてもユニークなのですが、何なのかは不明。清水寺の三重塔が意識されたのでしょうか。
2021.06.22鴨川の橋 (61)五条大橋.JPG
続いては、歩道のガードレールの様子。交通量の多さを反映して、かなりがっちりした高欄で、擬宝珠も付いたお洒落なデザインです。
2021.08.31鴨川の橋 (44)五条大橋.JPG
#04五条大橋➀の最後は、上流側からの五条大橋。
2021.08.31鴨川の橋 (22)五条大橋.JPG
なお、橋脚(石柱)・擬宝珠・扇塚等の画像や説明は№04五条大橋②で。

この記事へのコメント