二条城西門特別公開!:2021年11月14日。

現在(10月29日~12月12日)、二条城では「錦秋の二条城 ~二条城まつり2021~」と称して、 様々なEVENTが実施中ですが、その1つ「西門特別公開」(入城料・620円)へGO!…まずは、二条城西側の美福通から見た西門。
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二条城内の立入り禁止エリア奥にある西門の(今回の)特別公開は行者橋が訪れた11月14日の他、12月5‣12日(各日10時~12時・13時~15時)です。
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で、より正確には「西門及び桝形」の特別公開と言った方が良い感じで、近世の城らしい美しい切石積の石垣の先に桝形が。
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進むと目の前に桝形が広がり、奥に西門が。桝形内には多くの切石や不定形の石等が置かれています。
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上の画像右側には燈籠や何故か錨も。
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で、西門。1626(寛永3)年頃に建設され、江戸時代は二条城の通用門でした。
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門が土塀と石垣に囲まれる埋門(うずみもん)形式ですが、門上に高麗門のような短い壁が2つ建つ非常に珍しい形です。次は外側から見た西門。
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かなり頑丈な印象です。この門は大政奉還後、徳川慶喜が城外に出るのに使用したとされることで有名ですが、門の隙間から外を見ると。
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堀・石垣・芝生の土手が見え、奥に京都市立二条中学校の塀も見えます。元々は西門には櫓門があったのですが、1788(天明8)年の大火で焼失したそうです。
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明治以降は外堀に架かる木橋も失われ、出っ張った土手だけが残り、二条中学校と京都府立朱雀高等学校の間の細い通りに繋がっています。
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で、西門で有名なのは、警備をしていた侍が彫り込んだと考えられている門の下部の梁(はり)の落書き。かなり激しく(笑)残っています。上の画像左端から。
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通用門だったはずなのに、どうしたことでしょうか。裏門なので、いわゆる「割れ窓理論」的状況があったのでしょうか。続いて、左部分。
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実は、普段でも毎日2回(11時&13時30分・90分・予約不要)の公式ガイドツアー(別途1000円必要)に参加すると、西門桝形は見学可能。次は、中ほど。
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意味のある模様なのかどうか不明なものも多いのですが。次は右部分。狐や船の他、右端には地名らしき文字が。
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遠江国豊田郡(草崎村か)と読めますが、豊田郡は現在の磐田市・袋井市・浜松市・周智郡森町の一部で構成された郡で、磐田市に草崎の地名が残っています。
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幕府領・旗本領だったようですから、その村に縁のある人物が彫ったのかも。それはともかく、最後の将軍・徳川慶喜が二条城を去る時に渡った橋はありません。
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御所側の東大手門では無く、この西門をくぐって慶喜がひっそりと大坂城に向けて旅立ったと思うと、感慨深いものがあります。

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