同志社大学有終館:京都の近代建築№10。

かつてこのブログに舞妓姿で登場した卒業生の“息子さん:ゆう奴”(こちらをご参照下さい)が、先日、友人と上洛してきたのですが、その際、大学で建築を学ぶということもあって、あちこちの赤煉瓦の建築をご案内してきました。今回は、その中から同志社大学有終館をご紹介。
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この有終館は現在、法人事務部・大学庶務課の事務所になっているそうですが、1887(明治20)年、書籍館(しょじゃくかん、と呼ばれた最初の図書館です)として建てられたものです。これが入口ですが、元々は最初の画像の画面左側(南側)、今出川通に面していたそうです。
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1917(大正6)年に今出川通の拡幅工事があって、現在の東側に入口を移したとのこと。入口の白いキーストーン(要石・楔石)上他、所々に黒い煉瓦が使われており、変化を持たせています。
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さらに2階・3階の窓を構成する柱や枠の部分は面取りがしてあって、何となく微妙に和のTASTEが感じられます。
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この建物を設計したのはアメリカ人D.C.グリーンですが、施工は京都の宮大工・三上吉兵衛とのことなので、和風感が漂うのかも…と思うのは深読みでしょうか。次の画像は少し北寄りから写した側面のものですが、白い帯や窓の下枠の石が黒い煉瓦と共に建物にアクセントを付けていることが良く分かります。
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1920(大正9)年に2代目図書館(現在の啓明館)が建てられ、その2年後の1922(大正11)年に最終的に図書館としての役割を終えたため、当時の総長・海老名弾正が「有終館」と命名したそうです。最後は、最初の画像と似ていますが、正面側から少しズレた角度から再度撮ったものです。
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1つ前の側面から撮った画像もそうですが、少し出っ張っていることが分かります。実は、上から見ると十字架の形になっているそうです。

有終館は1928(昭和3)年に出火し、煉瓦の躯体(くたい:壁等のいわば外枠)だけが焼け残ったので、外壁の内部に15cmの鉄筋コンクリートの壁を造り、保存したのだそうです。この指揮を執ったのが関西建築界の雄・武田五一。1979(昭和54)年に重要文化財に指定されています。

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