こんな所があったなんて!…扇ダム&扇ダム放水路@琵琶湖疎水 疎水分線。

先日、琵琶湖疎水に関して確認したいことがあったので、久し振りに琵琶湖疎水記念館(以下、疎水記念館)までチャリチャリ。まずは、疎水記念館地階にある赤煉瓦造風のトンネルの画像から。疏水分線「扇ダム」から出ている「扇ダム放水路」の水が南禅寺船溜に流れ出る出口です。その他の説明は最後に。
2020.06.04琵琶湖疎水記念館 (49)扇ダム.JPG


疎水記念館には何度も訪れているのですが、改めて展示パネルをじっくり眺めていたら、南禅寺と永観堂の間の「扇ダム」「扇ダム放水路」の文字が。「こんな所にダムなんてあったっけ」と思いつつ、記念館を出て見当をつけて細い水路に沿っ進んで行くと…柵が!
2020.06.04琵琶湖疎水記念館 (81)扇ダム.JPG
画像には写っていませんが、ハクビシン(白鼻芯)が一度近寄って来て去って行きました(笑)。次は、柵越しに撮影した扇ダムの画像、右手の土手のような部分に水が溜まっているようです。
2020.06.04琵琶湖疎水記念館 (80)扇ダム.JPG
無論、柵の中には入れませんが、疎水記念館のHPには、南禅寺の塔頭・帰雲院の背後に疎水分線が膨らんだ形の小規模な池(泉ダム)が記され、両側はトンネル(暗渠)になっています。
2020.06.04琵琶湖疎水記念館 (82)扇ダム.JPG
上の画像のようにかなり急な流れの水路が続いています。下流側(西側)の画像がこちら。次の画像右はどうも永観堂幼稚園、左は東山高等学校のグラウンド等のようです。
2020.06.04琵琶湖疎水記念館 (83)扇ダム.JPG
この細い扇ダム放水路に従って、西に進むと鹿ケ谷通に架かる永観堂橋の所に出ます。次の画像左が野村美術館、右が碧雲荘(へきうんそう:野村別邸)。
2020.06.04琵琶湖疎水記念館 (84)扇ダム.JPG
この辺りは、琵琶湖疎水の水が庭園に引かれている別荘地域と聞いてはいましたが、7代目小川治兵衛(植治)・保太郎父子が作庭した碧雲荘の庭園もその1つ。さらに進むとこんな光景が。
2020.06.04琵琶湖疎水記念館 (86)扇ダム.JPG
なかなか良い気分になる散策路です。さらに進むと、もう1度南北の通り(名称不明)と交差します。
2020.06.04琵琶湖疎水記念館 (87)扇ダム.JPG
さらに進むと、またまた緑の小道が。次の画像左は桜鶴園(結婚式場・レストラン)、右は洛翠庭園(旅館・レストランでしたが、現在は閉鎖)。共に植治の手になるお庭で知られています。
2020.06.04琵琶湖疎水記念館 (90)扇ダム.JPG
そして、白川通の手前で、扇ダム放水路は暗渠になって疎水記念館へと続きます。次の画像の2本の電信柱の間が白川通、左上の屋根が疎水資料館、右奥は京都市動物園です。
2020.06.04琵琶湖疎水記念館 (91)扇ダム.JPG
ということで、最初の画像につながるという次第です。ちなみに、トンネルの上の扁額の文字は「楽百年之夢」(百年の夢を楽しむ:*参照)。次の画像は以前のものですが、左側に赤煉瓦風のトンネルが見えます。
2018.09.15岡崎パレード  (58)琵琶湖疎水記念館.JPG
個人の邸宅内の庭園に「防火用」という名目で琵琶湖疎水の水を引いた例は、山県有朋の無鄰菴・並河靖之邸(七宝記念館)等が有名ですが、扇ダムとその放水路(流れの存在は知っていましたが)のことは意識していませんでしたので、チョッと感慨深いものがありました。

:「楽百年之夢」は元々、第3代京都府知事・北垣国道がインクラインの「ねじりまんぽ」東側の扁額「陽気発処」(陽気発する処)に付けた落款(らっかん)の言葉で、100年後に琵琶湖疎水記念館が建設された時、第23代京都市長が揮毫したものです。なお、「ねじりまんぽ」西側の扁額は「雄観奇想」。「ねじりまんぽ」についてはこちらをどうぞ

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