去年の…お迎え提灯:祝い提灯(変わり提灯)復活の試み・前篇@四条通:2019.07.10。

既に、お迎え提灯は江戸時代に北座・南座等の芝居小屋の役者が趣向を凝らした提灯に火を入れ、鳴物で神輿洗の神輿を迎えたのが起源とも言われていることをお伝えしましたが、最近、祇園商店街振興組合の方々がその復活を推進していらっしゃいます。まずは蛸の提灯の画像から。
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江戸時代に刊行された『花洛細見図』(1704=宝永元年)や『祇園御霊会細記』(1757=宝暦7年)には、祇園町の町人が鳥居型・御幣・角樽・将棋の駒等のおめでたい変わった形の提灯を掲げて行列する姿や祇園社(八坂神社)にお参りするが描かれた図版が残っているそうです。
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上の画像は四条花見小路の交差点近くから八坂神社西楼門方向を撮影したもの。以下、歴史的説明を交えて順不同に祝い提灯を。各提灯の正確な意味が不明ですので、(らしきもの)という注釈は略。で、達磨さん。
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元々、祇園町は室町期に祇園社(八坂神社)の参詣客相手の茶店が立ち並んで成立しました。こちらは、打出の小槌・ティーカップ・反物等。
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上の画像真ん中の反物がこちら。
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室町期以降、小規模だった祇園町は江戸初期の寛文年間(1661~1673)に鴨川の護岸工事(寛文新堤)で洪水の危険が無くなってから大きく発展しました。さらに進むと、ハートマークの提灯。
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寛文新堤以降、鴨川から縄手通にかけて土地が整備され、常設の芝居小屋や茶屋街の祇園新地外6町が形成されて飛躍的に発展した結果が現在の祇園町です。さて、次の提灯は何でしょう(笑)。
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実は、神輿を鴨川の水で清めて神の降臨を祝う御阿礼(みあれ:御生)の意味を持つとも言われる神輿洗神事が始まったのは江戸時代初期だそうです。続いては鶏でしょうか。
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神輿洗神事の開始時期は意外に新しい印象もあるのですが、祇園町の発展が山鉾巡行・神輿渡御に加えて新たな神事を生み出し、祇園祭を変化させたとも言えます。次は軒行灯と草履かな。
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次の画像左は海老芋ですのでスポンサーが推測できるような…。円山公演かな(笑)。
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こちらは日本酒の徳利ですが、どこがスポンサーなのでしょうか(笑)。
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次は豆腐田楽!スポンサーは中村楼でしょうか。
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ということで、祇園商店街振興組合の方々がその復活を推進中の祝い提灯の前篇はここまで。この後、本日15時に後篇をUPします。

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