普段は公開していない妙心寺東海庵のお庭はどれも魅力的です。

ブログのために撮っておいた画像を整理していたら、実に4年前の夏のものが出てきて、UPしていないことが判明。今更…ではあるのですが、とても好きな石庭があるので、遅ればせながら…(笑)。最初は、書院南庭の画像から。
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妙心寺は、1337(建武4)年に花園法皇が大徳寺で修行した関山慧玄(かんざんえげん)を開山に迎え、開創した臨済宗のお寺ですが、応仁の乱(1467‐1477年)で荒廃し、雪江宗深(せっこうそうしん)が復興に尽力しました。こちらが東海庵の入り口。
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雪江宗深の弟子に、景川宗隆(けいせんそうりゅう:龍泉派)・悟渓宗頓(ごけいそうとん:東海派)・特芳禅傑(とくほうぜんけつ:霊雲派)・東陽英朝(とうようえいちょう:聖澤派)が続き、この4派が妙心寺の住持を1期3年で順次交代して、運営にあたったため“妙心寺4派”と称されました。
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東海庵は東海派の本庵ということになるのですが、上の画像が方丈です。そして、こちらが枯山水の方丈南庭。「白露地の庭」とか「体の庭」とか呼ばれているようです。
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こちらは書院西庭。画像では分かりにくいですが、築山で不老不死の神や仙人が住む「蓬莱」「方丈」「瀛洲(えいしゅう)」の3つの神仙島一連の庭を枯山水で表現したものです。手前は自然石の一文字型の手水鉢。
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この庭は1814(文化11)年に東睦宗補(とうぼくそうほ)が作庭した殿ことで「相の庭」とも呼ばれているとか。次の画像の手水鉢は、明らかに石の橋柱を使ったもの。手前の丸い石はどこかのお寺の礎石ですね。
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そして、こちらが最初にあげた書院南庭。わずか7坪の坪庭ですが、7個の石が一直線に配されています。
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小さいのですが、何か“凛”とした気配を感じるお庭で、「用の庭」と呼ばれているようです。こちらは反対側から撮影した画像。右奥は書院西庭。
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枯山水といっても多様だという事が良く分かるお寺です。1つ上の画像の白壁の向こうには、こんな井戸がありました。今も使っているようです。
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東海庵は普段は未公開で、確か昨年3月に特別公開があったはず。最後は水墨の襖絵。
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東海庵は、1484(文明16)年に越前守・斉藤利国の妻・利貞尼が悟渓宗頓禅師を開祖として創建したが始まりですが、悟渓は尾張の人なので教えを東海道に広めたそうです。

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