高瀬川の“源流”は、この“高瀬川二条苑”にあります。

秋分の日の朝、高瀬川舟まつりに行ったついでに「高瀬川二条苑」を久し振りに訪れてみました。最初は、その庭園内にある灯籠型の東屋(あずまや)から見た比叡山の画像から。
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高瀬川二条苑は、高瀬川を開削した豪商・角倉了以(すみのくら りょうい)の別邸跡にある日本庭園で、高瀬川は鴨川の水をここから引いており、いわば源流の場所です。現在は和風レストランチェーン「がんこ」のお店「がんこ高瀬川二条苑」となっています。
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無論、レストランなのですが、お店の方に断りを入れると庭園を無料で楽しむことができます。次の画像は、玄関を上がって庭園入り口から見たところ。左に食事中のお客様が…。
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庭園内には鴨川から引かれた水が流れ、さらにその水が高瀬川に流れ込みます。こちらが庭園内にかかる橋。
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次の画像は、先程の石橋を渡ってきた方向を振り返ったところ。奥がレストランの建物(主屋)。
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上の画像右奥に、鴨川からの取水口があります。こちらがその画像。
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この取水口を鴨川から見ると、こうなります。次の画像左の柳のある場所が取水口。流れが2つに分かれていますが、右はそのまま納涼床の下を流れる“みそそぎ川”になります。
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次は、上の画像の右端に見えている二条大橋から逆に下流方向を眺めた画像。右のこんもりとした木立が高瀬川二条苑、正面奥は「がんこ高瀬川二条苑」の納涼床。左が鴨川です。
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ここで、再び庭園に戻りますが、こんな池もあります。次の画像では分かりにくいのですが、右には1枚岩の瀧も。そして左には灯籠型の東屋も見えます。
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次は東屋。おそらく、実際に灯籠としても使用したのだと思いますが、何段かの階段を上がった灯籠の脚の下には石のテーブルと椅子があります。
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少し高くなっているので見晴らしが良く、最初の画像のような光景が見える訳です。次はさらに順路に従って歩くと、見えてくる茶庭の辺り。江戸時代初期に小堀遠州が作庭したといわれています。奥は茶室。
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高瀬川二条苑は、明治時代に庭園好きの元勲・山県有朋が第二無鄰菴(むりんあん)という別邸にしたのですが、この時に有名な小川治兵衛(植治)により改修され、さらにその後、所有者が変遷して現在の姿になっている訳です。茶室前には、鴨川の水が巧みに取り入れられて底から水が湧いているような井戸も。
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行者橋、取水口の上流の様子がどうなっているのか気になったので、後日、探索のためチャリチャリ(笑)。すると、“みそそぎ川”は二条大橋の少し北、対岸が冷泉通(れいせんどおり)になる所で、次の画像のように暗渠(あんきょ)になっていました。
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チャンと“みそ々ぎ川”の名称が刻まれています。で、さらにどこから鴨川の水を引いているのかが気になったので、今度は鴨川左岸をチャリチャリ。と、1km程上流に取水口が見えました。
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丸太町通を経て、もうすぐ今出川通という1つ手前の東一条通にあたる場所で、京都府立医科大学附属病院の横でした。角倉了以の時代から、暗渠が鴨川の河川敷を通っていたのかは未確認なのですが、長年の疑問が1つ解決できたので、チョッと満足!

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