改めて、青蓮院青龍殿と将軍塚を。

青蓮院の飛び地境内・将軍塚の青龍殿大舞台からの光景についてはすでにUPしたのですが、改めて将軍塚と青龍殿(大護摩堂)をご紹介。国宝「絹本著色不動明王二童子像」(以下、青不動図)の管理のために建立されたといって良い青龍殿ですが、その内部の画像から。勿論、「青不動図」はレプリカです。
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この青龍殿のある将軍塚には、以前から大日堂がありました。こちらがその画像。ここだけだと無料で参拝できますが、青龍殿内部&大舞台や将軍塚を拝見するためには、ここで拝観料を支払って奥に進みます。
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で、奥に青龍殿がある訳ですが、次の画像は西展望台から見た青龍殿。左手前の芝生が将軍塚です。
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続いては、大舞台側(北側)から見た青龍殿。手前の木や壁が新しい出っ張りが、国宝「青不動図」を保管している部分です。
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もうお察しかと思いますが、この青龍殿を訪れたのはSjamm-Iさんご一家とインドからの留学生・Vegetarian-Mさん(いずれも仮名)をご案内したためです。青龍殿に入ると、正面にはこんな光景が。
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前にもお知らせしたのですが、この青龍殿は、元々、北野天満宮前にあった旧・大日本武徳会京都支部武徳殿(以下、平安道場)を京都府から譲り受け移築・再建したものです。次は南東角から撮った画像。
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平安道場は1914(大正3)年に大正天皇の即位を記念して北野天満宮前に建てられたもので、先行して1899(明治32)年に造られた岡崎の大日本武徳会演武場=旧・武徳殿(現存します)と並ぶ道場でした。
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上は西側から東を見た画像。手前で様々な物品を販売中。高い天井は格天井(ごうてんじょう)です。平安道場は、戦前は大日本武徳会が使用し、戦後は警察が管理して使用していたそうですが、2000(平成12)年に老朽化のため閉鎖。次は入り口方向を見た画像。
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その後、青蓮院が買い取って復活させた訳ですね。6年近い京都府&京都市との交渉も大変だったと思いますが、この巨大な建物を山上まで運ぶのも一苦労だったでしょうね。で、こちらは将軍塚。
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将軍塚は、高さ約2m・直径は約20m。794(延暦13)年、平安遷都に際して桓武天皇が王城鎮護のために、甲冑を着せ弓矢を持たせた2.5m程の土の将軍像を作って埋めた場所と伝えられています。
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古い書物によると、国家の大事があると鳴動したとか。で、将軍塚を回り込んで順路をたどると、お庭が。あちこちに燈籠があり、大隈重信お手植えの松等というのが見えました。
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上の画像のような緑の多い部分もあれば、こうした枯山水の庭も。
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上の画像は、Sjamm-IさんがVegetarian-Mさんに枯山水の庭を説明していらっしゃる場面です。ZENとかKARESANZUIとかを説明するのは、難しい!

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