朝の無鄰菴は清々しく…。

実質的にはTEAM・Violet-Mom上洛日記④になるのですが、内容的に「京都の名所・寺社以外」 に分類してUPします。「京都のコアな場所を…」というので選んだのが、この無鄰菴(むりんあん)です。まずは庭内の画像から。
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造園好きで知られる明治の元勲・山県有朋の別荘庭園で、実は3つ目の無鄰菴です。造園家・7代目小川治兵衛(植治)が、山県有朋自身の設計・監督を受けつつ作庭したお庭ですが、こちらが拝観入り口。
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それでなくとも余り観光客も多くない場所ですが、朝9時30分過ぎに訪れましたので、お客様もほんの少し。ゆっくり庭園を歩きました。東山の山々を借景にして、緩やかな傾斜地に琵琶湖疏水の水を取り入れています。こちらがその取水口の三段の滝。
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池と芝生を配した池泉廻遊式庭園をメンバーでグルッと回ります。こちらは流れの上の置き石を渡るメンバー。HATA(仮名:次の画像中央)が躊躇っていたので「どうした」と聞いたら、「だって濡れそうだし、直ぐに帰って来る道だから…」とのお答え。
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行者橋、心の中で「安心して下さい、通れますよ」と突っ込んでおりました(笑)。芝生も綺麗です。手入れが大変だろうなぁと思いつつ回ります。
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園内には色々な建物があるのですが、こちらは藪内流燕庵(えんなん)を模して造られた茶室。
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そして、こちらが木造2階建ての簡素な母屋。かなり広い建物で、最初の画像のように座敷から美しい庭と東山が見渡せます。
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もう1つ、煉瓦造2階建ての洋館もあり、蔵のようです。無鄰菴自体は1894(明治27)から1896(明治29)年にかけて造られましたが、この洋館は1898(明治31)年に建設されています。こちらがその1階の内部。
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展示室になっていて、無鄰菴・山県有朋・小川治兵衛の説明等が展示されています。で、2階。ここはフラッシュ撮影が禁じられているので暗い画像ですが、折上げ格天井の部屋で、壁には江戸時代初期の狩野派の金碧花鳥図障壁画があり、椅子・テーブル等が置いてあります。
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この部屋は1903(明治36)年4月21日に、元老:山県有朋・政友会総裁:伊藤博文・総理大臣:桂太郎・外務大臣:小村寿太郎の4人が日露開戦直前の外交方針を決めた「無鄰菴会議」が開かれた歴史的に重要な場所です。
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上の画像が手持ちで撮ったギリギリの障壁画。ということで、行者橋も久々に訪れた無鄰菴です。なお、初代の無鄰菴は山県有朋の故郷・山口県に造られ、2代目は木屋町二条下ルの「がんこ高瀬川二条苑」です(こちらをご参照下さい)。で、最後はこの画像。
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無鄰菴を出て琵琶湖疎水に沿って歩いていた時、京都市動物園で見かけた黄葉の巨木です。銀杏(イチョウ)じゃ無いことは分かるのですが、何の木か不明です。ご存知の方、ご教示下さい。

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