趣は“君がため 春の野に出でて 若菜摘む…”ですね(笑):燃灯祭@上賀茂神社。

24日(丙子:ひのえね)、2月2番目の子(ね)の日に行われている上賀茂神社の燃灯祭(ねんとうさい)を見るために、チャリチャリチャリ。まずは、神職の方々が奉書紙に小松(こまつ)を挟み、玉箒草(燃灯草=画面右))を添えている画像から。
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この日は結構強い風が吹いていて、上賀茂神社への道のりは微妙な上り坂が続く上に、向かい風だったのでかなり疲れましたが、14時少し前に到着。社務所前で少し待っていると、神職の方々を先頭に関係者&一般参列者が出発。行者橋のようなEVENT-Wacherも続きます。
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燃灯祭の会場は普段は入ることのできない場所で、上の画像・紫の袴の方の頭上に当たる所から入ります。と、こんな光景が…。
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さらに少し進むと、急に視界が広がり…これはどう見てもゴルフ場!そうなんです。ここは名門「京都ゴルフ倶楽部上賀茂コース」で、次の画像・真ん中に流れているのは、上賀茂神社境内や社家町に続く明神川です。
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この燃灯祭は“乙子(おとね)の神事”とも呼ばれ、乙(=2番目)の子の日に行事ですが、明治維新前は1月乙子の日だったとか。しばらく芝生の縁を歩いていくと、神職の方々が17番ホールのティーインググラウンド脇の木陰、右手の小高い野原=御阿礼野(みあれの)に整列。(笑)。
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要するに、平安時代の宮廷の年中行事が神事化したもので、野に出て小松を引き若菜を摘んで宴を開き、和歌等を詠んだのが起源とかで、初春に相応しい催しではあります。実際には若菜は摘まず、小松だけを引きます。
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6人の神職の皆様が小松を2-3本ずつ引いて、籠を持った神職の方に渡していきます。
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実質5-6分の小松引きを終え、来た時とは反対に、籠を持った方を先頭に神社に戻ります。次の画像奥に、18番でしょうか、ティーインググラウンドが見えています。
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そして、一行は二ノ鳥居を潜って、土舎(つちのや)へ。
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そして、土舎でお祓いですが、準備として、引いてきた小松を奉書に包んで、玉箒草(たまぼうきぐさ=燃灯草)を添えていきます。
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玉箒草は、薊(アザミ)に似た紅紫色の花を夏から秋にかけてつける草で、現在は田村草と呼ばれているそうです。次の画像・中央の草です。
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準備が整うと、普段、見かけたことない極めて小さな幣を用意して、お祓いに移ります。いや、初めて見ました。
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小松を引いた神職の皆様が手に手にこの小さな幣を持ち、お祓いを受けます。
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その後、幣は目の前の川に流されました。お祓いの後、再び籠を先頭に本殿に向かいます。
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こちらが小松と燃灯草の入った籠。ちなみに初穂料3000円を納めると、本殿での神事に参列でき、小松と燃灯草のお下がりがいただけます(笑)。
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ということで、一行は本殿に向かわれました。行者橋たちは、ここまで。
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この日、京都の冬にはよくあることですが、晴天ながらも粉雪が舞うお天気で、思わず「百人一首」15番、光孝天皇の“君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ”という 歌(『古今和歌集』春21番)を思い出してしまいました。いや、なかなか風情ある行事です。

蛇足:光孝天皇は55歳で即位し、藤原基経が関白になった時の天皇として知られています。上の和歌は、即位前の時康親王時代の歌とされていますが、“あなたに差し上げるため、春の野原に出かけて若菜を摘んでいる私の着物の袖に、雪がしきりに降りかかってくる”と解釈されています。

ですが、実は「ほら、おまえのために雪が降るのにわざわざ野っぱらまで行って、若菜を摘んできてやったんだぜ!オラオラ!」という感じで、結構押しの強い歌だという解釈もあるとか。この前、関西のTVで放映していましたよ(笑)。本当でしょうか。

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