並河靖之七宝記念館で、「植治」の庭を鑑賞!

「植治」というと、7代目小川治兵衛(1860=万延元年~1933=昭和8年)有名で、既に彼が作庭した無鄰菴(むりんあん:実は第3無鄰菴)・高瀬川二条苑(第2無鄰菴)はUPしました。また、平安神宮・円山公園等の作庭庭等も手掛けたことで知られています。で、本日は並河靖之七宝記念館の庭園のこの画像から。
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並河靖之七宝記念館は、三条通の1筋北、白川橋のすぐ北東にあるのですが、七宝作家・並河靖之の邸宅兼工房跡を記念館として公開している施設です。外観がこちら。
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7代目小川治兵衛(以下、「植治」)の住まいが、上の画像の右隣にあった誼(よしみ)で庭園を手掛けることになったそうですが、「植治」にとっては大きな転機になったとか。次は母屋から見た工房跡方向の画像。
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上の画像正面の建物は、現在は展示室になっている工房跡。その右に窯場跡があります。それがこちら。
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なお、工房跡の軒下部分にはこんな細工が施されていました。
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次の画像は、窯場跡を出た所の近くから撮影した庭園の様子。
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ここを訪れた時は、“京の夏の旅”に協賛した形で特別公開をしていたのですが、係の方が何人かをまとめて説明して下さいました。琵琶湖疏水を引き入れ、東山の山々を借景とする手法が、「植治」の庭園の大きな特徴です。
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実は、七宝の研磨用として工房に引き入れられる疏水を利用して池を作った、この庭園がそうした手法を採用した最初だったとのこと。こちらが水が池に流れ込む様子。
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こちらが、母屋と池の様子。母屋の柱が池の中の石の上に立っています。中央の黄色い鯉が最初の画像の鯉です。
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母屋の廊下から撮影した画像が次のもの。全体は移っていませんが、庭園中央に大きなアカマツ(赤松)を植えるのも、「植治」の作庭法の特色だそうです。
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再び、庭園に降りてから撮った、別の角度からの画像を。そう広くはない庭園ですが、灯籠が結構あちこちに据えられています。
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なお、池の水は次の画像奥から西側にある白川に流れ込みます。
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こちらは、母屋そばにある一文字型の手水鉢。廊下からかなり手を伸ばさないと届きません(笑)。
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並河靖之七宝記念館は、1年中公開している訳では無いので、タイミングが悪いと見られないのですが、超絶技巧を凝らした七宝の作品群と庭園をゆっくり見られる場所なので、是非1度は訪れていただきたい場所です。で、最後は参考までにこちらを。
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造園会社としての植治で、勿論、現在も営業をしています。並河靖之七宝記念館前の細い通りを東に行き、神宮道に出て左折するとあります。平安神宮大鳥居の南ということになります。

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この記事へのコメント

Kako_blue47
2016年09月25日 20:06
この記事を拝読し、先日行ってまいりました。七宝の本体が銅でつくられているとは知らず、また、銀線でしたか、を、模様通り細かく百合の根だったかなのすりおろしたもので貼り付けて、乾かし、いっかい高温で焼いてから色付けの珪酸などをいれ、研磨するなど大変興味深くききました。理にかなっています。専門的に色々ききたかったのですが、普通の人を装いグッとこらえました。緻密で繊細、美しい模様は、ラリック、ミュシャなどと比べても見劣りせず、みとれておりました。が、、、とうとう小さな下絵や詳細な物を見るのに違和感があるとしに突入。とほほ。眼鏡をもってあるかねばなりませんね。
行者橋 渡
2016年09月26日 08:18
Kako_blue47様、ご連絡いただければご一緒いたしましたのに…(笑)。ルネ・ラリックやアルフォンス・ミュシャはアール・ヌーヴォーを代表する作家で、花・草・木・昆虫・動物等をモチーフとして多用しています。元々、初期のアール・ヌーヴォ-には日本美術、とりわけ浮世絵が大きな影響を与えているのは有名な話です。七宝焼きを代表する東京の濤川惣助と京都の並河靖之(2人のNAMIKAWA)の技術と絵画的な技量は、ラリックやミュシャをしのいでいると、行者橋としては思っております。それは兎も角、こうした超絶技巧の工芸品鑑賞には単眼鏡が必須です(笑)。