京都大学医学部・旧生理学教室研究室:京都の近代建築№23。

11月に「まいまい京都」のEVENTで京都大学にある近代建築を巡るツアーがあったので、その一部をご紹介します。まずは、京都大学医学部(当時は京都帝国大学医科大学)の旧生理学教室研究室のこちらの画像から。
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松の木の影で若干見難い画像になっていますが、赤煉瓦の建物です。ただし、屋根は和風の瓦屋根。三角屋根窓やガラリの窓が特徴的です。下の部分の」細長いキーストーン(要石)の部分には京都市の市章(と思われる)が刻まれています。こちらが正面からの全体像。
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上の画像の手前の道路が近衛通(このえどおり)です。次の画像は、下の部分も入れた建物中央の(かつての)出入り口の大写し。赤煉瓦の所々に配された花崗岩の飾りがとても良いコントラストを作り出していて、美しい造形です。
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両側に4つある窓の上部のアーチ部分がこちら。こちらのキーストーンと両サイドの迫受石(せりうけいし、でしたっけ:笑)もシンプルながら、その役割をきちんと果たしています。このレンガの積み方はイギリス式ですね。
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次の画像は、最初の画像の反対側の様子。こちら側が本来の正面なのでしょうか。今は医学部I(アイ)棟と呼ばれて、京都大学医学部推進センターとして使用されているようですが、元々は1914(大正3)年に生理学教室研究室として建てられたもので、設計は山本治兵衛と永瀬狂三の手になるものとか。
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山本治兵衛は第3高等学校や京都帝国大学の創立工事に尽力した建築家で、永瀬狂三は1909年(明治42年)3月に京都帝国大学建築部に入り、山本の下で京都大学の施設の建築に関わります。なお、京都帝国大学医科大学は1919(大正8)年に京都帝国大学医学部となります。
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上の最後の画像は、再び近衛通側から見たもの。屋根の中にある千鳥破風(で、良いのでしょうか)が良いアクセントになっています。2階建てのように見えますが、煉瓦造の平屋建てです。左右対称的なのでとても端正な印象のする建物ですね。

そうそう、忘れていました。案内して下さったのは、“修復建築家・水彩画家・作家、そして本当は近代建築ヲタクの建築探偵”という円満字洋介(えんまじ ようすけ)さんでした。京都大学の建物については、今後、飛び飛びにUPしていきます。

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